一人で着物を着たのは初めてだった。
でも、頑張らなくちゃ。今日のために習いに行っていたのだから。
帯を締めて、それから髪をアップにする。かんざしは、着付けを習った先生から頂いた。着て行く時に使いなさいと言われて。
鏡に映った私は、ナインの目にどう映るんだろう・・・?

 

「お待たせ」

待ちくたびれているであろうナインとセブンの元へ行く。
――似合うって言ってくれるといいな。
けれども、似合うよ、って、綺麗だよって言ってくれたのはセブンだけだった。
ナインは何も・・・言ってくれない。
セブンが言う通り似合っているよ、って早口で言ってすぐに目を逸らせた。それっきり、こっちを見てくれない。

やっぱり、やめておけばよかった。

テレビで観た浴衣の特集。
夏の夜の行事には、女の子たちは浴衣を纏う。華やかに。清楚に。――恋人と出かける時は特に。
だから、私も着てみたくて一ヶ月かけて着付けを習った。少しでも大人っぽく、綺麗に見えたらいいな。
そう思っていたけれど。

やっぱり、ダメみたい。

それもそのはず――だってナインと私は恋人同士なんかじゃないもの。
ひとりで浮かれて浴衣なんて着ちゃって・・・きっとナインは呆れたのに違いない。彼が一緒に歩くひとたちはきっとみんな素敵に大人っぽく綺麗に浴衣を着こなしているのだろう。だから、私が着たって見劣りするのは当たり前で・・・。

セブンに手を引かれていなかったら、とっくの昔に帰っていただろう。
でも、セブンが――セブンだけが、綺麗だよって繰り返して言ってくれたから、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
ナインは私たちの後ろを歩いていて、何も言わない。時々こっそり肩越しに見つめても、私のほうは見ない。

道中、自分が何を話していたのか上の空で覚えていなかった。
ただ、早く帰りたいとそればかりだった。――ナインと一緒にいるのが辛かった。
なのに。
セブンは博士たちを見つけると、あっさりと私の手を離して行ってしまった。私とナインを置き去りにして。

――どうしよう。

沈黙が重くのしかかる。

するとナインは博士たちを呼んでくると言い出した。今にも向こうに行ってしまいそうに。
だから、私は咄嗟に彼の腕を掴んでいた。

だって。

そんなに私と一緒にいるのが嫌なの?

そう訊きたかった。
好きなひとと一緒に七夕飾りを見る。それは夢みていたことのひとつで、例えナインが他のひとのことを考えていても――私のことなんて妹としか思ってくれてなくても――それでも、大好きなナインと一緒に歩くのは夢だった。
さっきまでは、早く帰りたかったのに、我ながらゲンキンだと思う。ふたりきりになった途端、一緒にいたいと思うなんて。
でも――だって。
今日はナインのために装ったのだから。例え彼にとってはただの背伸びにしか映らなくても。

「ナインは私と一緒じゃイヤ?」

思い切って訊いてしまった。

そんなことないよ、一緒にいるのは嬉しいよ――そう、言って欲しかった。
そんなの、夢のまた夢ってわかっていたけれど、でも・・・もしかしたら何かの間違いで言ってくれるかもしれない。
ナインが口を開くのを待つ間は、心臓が飛び出してしまうかと思った。指先が震える。

でも――ナインは何も言わない。

ただ隣で所在なげに佇むだけ。

「――博士たちを呼んでくるわ」
震える手を握り締め、振り切るようにナインの元から離れた。泣いてしまいそうだった。
こんな格好をしたって、だからといって、ナインが私のほうを向いてくれるなんて事は、おそらく永遠にこないのだ。
だって私は彼にとって――

「――フランソワーズ!!」

名前を呼ばれて顔を上げると、目の前に怒ったような顔のナインがいた。
そうして私の手を強引に掴むと引っ張るようにして歩き出した。

「迷子になるだろう」
「・・・ごめんなさい」
顔を上げられず、俯いたまま小さく言ってみる。
こんな格好をしてたって、きっと全然似合っていない。
周りにいる浴衣姿の女の子たちは、誰もが可愛くて綺麗で・・・私はそのなかで一番見劣りがしていた。
さっき鏡の前で見つめた自分は、間違いなくいつもより綺麗だと思ったのに、それも今ではただの自惚れだとわかっていた。
――早く帰りたい。
ナインに手を引かれながら、博士たち一行の後ろ姿を探す。彼らに合流したら、とにかく何か用事を作って――帰ってしまおう。
ひとりで浮かれてこんな格好をしたものの、怒ったようにむすっとしたナインの顔を見ると情けなくなってきた。
ほんと、ひとりでこんな格好して――ばかみたい。
空のお星様たちのようにうまくはいかない。彼らは年に一度のデートを楽しんでいるというのに、私にはそんな機会さえ与えられていないのだ。

私の手を引きながら、どんどん歩いてゆくナイン。
いい加減、博士たちに追いついてももいい頃なのに何故か一向に彼らの姿は見えなかった。

「ね、ジョー、・・・方向が違うわ」

でも立ち止まらない。

「・・・ジョー?」

怒ったみたいなナインの横顔。
それを見ると悲しくなった。

「今日は僕のそばを離れるな。――いつもより綺麗なんだから」

だって、今日の彼はずっとそんな表情をしてて、私のことを見もしなくて・・・
・・・え?

ナイン?

いま、綺麗って・・・言ったの?

聞き返そうにも、頬を引き締めまっすぐ前を見ているナインに声をかけられなかった。

いまの、聞き間違えじゃないわよね?
綺麗って言ってくれたのよね?

ふわっと優しい思いが胸に広がった。

視界が滲んで、私は慌てて下を向いた。
そう・・・私はナインに綺麗だよ、って言って欲しかったのだ。
そう言って欲しくて――褒めて欲しくて、彼の言葉に焦がれていた。

と、ナインが不意に腕を引き、私を胸に抱き締めた。

「ジョー?」
「――ほら、余所見してるから。ぶつかるところだった」

ずっと俯いたままの私は、前から来た大学生たちと正面衝突するところだった。
私を胸に抱いたまま、ナインは彼らを遣り過ごした。

「せっかく綺麗にしてるんだから、もうちょっと周囲に気を配らないとだめだろう?」
「・・・ごめんなさい」
「全く・・・これだから目が離せないんだ」

そう言って私を見つめるナインの目は――なんだかとても――優しくて、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
どうしたらいいのかわからない私がおかしかったのか、ナインはくすりと笑って、そして

「だから、一緒にいないと心配だよ」

と優しく言った。

 

ねぇ、ナイン。それって――やっぱり私はコドモって意味なのかしら。

それとも・・・