七夕祭りに行こうと言い出したのはセブンだった。
この街は大掛かりな七夕飾りで有名であり、毎年、この期間だけは街全体が活気に溢れているのだ。
七夕祭りか・・・。
僕はそんなものに全く興味はなかったけれど、セブンの言葉に嬉しそうに目を輝かせた彼女の顔を見て、仕方なく行くことに決めた。
セブンと彼女を二人だけで祭りに行かせるわけにはいかない。いざという時、セブンひとりで彼女を守りきれるかというと甚だ怪しいのだ。それに、僕はきっと――彼女が無事に帰ってくるのを今か今かと待ち続けてしまうのに違いなかったから。
そんな心臓に悪い思いを抱えて時間を過ごすくらいなら、一緒に行ったほうがマシだった。
しかし。
そうなると、セブンの存在がちょっと――邪魔なような気がした。
「アニキ、どうしたのさ。変な顔して」
セブンを見ながら考えていると、当のセブンが訝しげに問いかけてきた。
「いや、別に。――女の子の準備って遅いな」
そう。
祭りに行くためにふたりを迎えに来ていたのだった。
しかし、セブンとふたりで麦茶を飲み干してしまっても――スイカを食べ尽くしてしまっても、スリーは姿を見せなかった。
大体、彼女はいつも準備が遅い。いったいいつも何をしているんだろう。そのうちに「時間厳守」というものの何たるかを言って聞かせなければいけないかもしれない。
僕はひとつ頷くと頬を引き締め、前庭に飾られている竹飾りを見上げた。
こういう行事をきちんとするスリーとセブンは、御丁寧にもギルモア邸に竹飾りを作り、更に短冊も吊るしていた。
ひとり一枚。
そんな訳で、僕にも一枚割り振られ、セブンとふたり彼女を待っている間に願い事を書いて吊るしておくように言われていた。
セブンはさっさと書いて吊るし、あとはスイカを食べることに専念していた。
僕はというと――スリーの書いたのがどこにあるのか気になって探していた。
が、見つからない。
彼女の願いごとは何なのだろう。――天に願うより、僕に言ってくれた方が実現する確率は高いのに。
「アニキは女ごころがわかってないよ。スリーは今、出かけるために着替えてるんだ」
「着替え?」
「そ。だからもうちょっと待ってあげようよ。その間にアニキも短冊を書けばいいし」
「あ、ああ――そうだな」
短冊とペンを持ち、しばし考える。
天に何かを願ったところで、何がどうなるとも思えない。が、せっかくなので何か考えてみた。
「――ヨシ」
「書けたかい、アニキ。おいらが吊るしてあげるよ」
「結構だ。自分でやる」
「えー。じゃあ、見せてよ」
「ダメだ。ひとに見せると願いが通じないんだ」
「そうなの?」
出任せである。
「ちぇーっ。つまんないの」
膨れるセブンを横目で見ながら、竹のてっぺんに短冊を結びつけた。
この高さなら、スリーもセブンも絶対に見つけられない。
――七夕か。
そのまま空を見上げ、思いを馳せる。
年に一度の逢瀬なんて、よく耐えられる。僕だったらもう少しうまく立ち回り――年に数回は会えるように画策するだろう。
もし、スリーに年に一度しか会えないなんてことになったら生きていけない。
――いや。年に一度でも――会えるだけ、マシなんだろうか。永遠に会えないよりは。
――うまくやれよ。
星に向かってエールを送ってから、振り返り、スリーはまだかと言いかけた。
「ジョー、お待たせ」
目の前にスリーが立っていた。
「わあ、綺麗だね、スリー。よく似合ってるよ」
「・・・ありがとう、セブン」
僕が絶句しているとセブンに先を越されてしまった。
しかも、奴の賛辞に彼女は頬を染めて、何とも可愛らしく笑ったのだった。
「・・・ナイン?どうかした?」
「え。イヤ、別に」
「あの・・・変、かしら。――似合わない?」
「そんなことないよ」
何故か早口になる。
「ほら、セブンだって綺麗だって言ってるし。似合ってるよ。うん、大丈夫」
大丈夫って何がだろう?
随分早口でまくしたてる自分に驚きながら、そのくせ頭のどこかは冷静だった。
僕の言葉に、気のせいかスリーの顔が一瞬曇った。が、すぐに笑顔になり、早く行きましょうとみんなを促した。
スリーは浴衣姿だった。
紺地に朝顔の柄の。髪もいつものようにカチューシャでおさえておらず、一つにまとめて頭の後ろにかんざしで留めてある。
見慣れない姿だった。
と、いうより。
こんなスリーは初めて見た。
僕は、彼女のほうばかりを見ているわけにもいかず――何しろ、セブンがニヤニヤしながら僕を見ているからだ――スリーなんか興味がないよという顔をして、極力彼女を見ないように心掛けた。
いつもより大人びて見える彼女は、僕を落ち着かなくさせた。
「・・・スリーも、そういう格好をすると少しは女らしく見えるな」
「あら、普段は女らしくないとでも?」
つんと顔をそむけて言うのも可愛かった。
本当に、可愛くて、可愛くて――とてつもなく綺麗だった。
そして。
セブンが邪魔だった。
当然のように、彼女と手を繋いだのも納得がいかない。そこは僕がいるべき場所だ。
「あ、そうだわ。――ねぇ、ナイン」
「なに?」
「短冊、ちゃんと書いてくれた?」
「ああ。書いたよ」
「・・・ちゃんと吊るしてくれた?」
「もちろん、ぬかりはないさ」
「・・・そう」
僕は、君は何を願ったのと訊こうとして――やめた。セブンがニヤニヤしながら僕を見ているからだ。
全く、本当につくづく・・・セブンが邪魔だった。
しばらく無言で歩く。
途中から、やはり七夕祭りに行くのであろう人々が増えてきた。女性は浴衣を着ているひとが多かった。
「へぇー・・・みんな浴衣を着てるんだね」
「セブンも着たかった?」
「え。オイラはいいよ。着物なんて着たら、動けなくなっちゃうよ」
「ま。大丈夫よ、動けるわよちゃんと」
二人の楽しげな会話が流れてくる。
僕は、手を繋いで歩く二人の後を歩いていた。時々、スリーが僕を振り返る。僕がちゃんとそこにいるかどうか確かめるように。
本当に、どうにもこうにもセブンが邪魔だった。
祭り会場の入り口は、人待ち顔のひとびとで混雑していた。
「おーい、シックス」
ん?
シックス?
セブンの声に僕は眉をひそめた。彼が合流するとは聞いてない。ついでに言うと、そこにシックスと一緒に現れた博士の存在も聞いていなかった。てっきり、留守番だと思っていたから。
そして、更に博士の友人と思しき人物と――その、孫娘だろうか?おさげ髪でやはり浴衣姿の少女が立っていた。
セブンは彼らを見つけると、なんとかちゃん、と名前を呼びながら(きっと孫娘と思しき少女の名前なのだろう)スリーの手をあっさりと離して行ってしまった。
しかも、彼らはセブンが合流すると、なんと僕らに背を向けて行ってしまったのだ。
「――あれ?」
「どうかした、ナイン?」
「いや・・・一緒に行かないのかと思って」
ちらりと彼女を見ると、軽く顎をひいて何も言わない。
「変だなぁ。僕たちの事が見えないのかな。――ちょっと行って呼んでくるよ」
「いいの」
駆け出そうとした僕の腕に手をかけて止めるスリー。
「いいの、って、だけど」
「・・・いいの。・・・それとも、ナインは私と一緒じゃ、イヤ・・・?」
俯いたまま訊かれる。
「――え」
イヤかどうかなんて、答えは決まっている。
だけど。
わかってるのか?二人っきりなんだぞ?
浴衣姿で、いつもより可愛くて可愛くて綺麗なきみを連れて――僕に祭りを楽しめと、そう言うんだな?
――くそ。こうしている間にも、他の奴らのヨコシマな視線が気になって――落ち着かない。
いっそ、帰ってしまおうか。
こんな任務を急に振られても困る。
今までのどんなミッションよりも難しいのは間違いなかった。
その場から一歩も動かないでいる僕を、スリーは不思議そうに見つめた。そして。
「・・・やっぱり、私と一緒じゃイヤよね。――博士たちを呼んでくるわ」
彼女は一瞬、儚く微笑むと僕を残して雑踏に紛れようとした。ちょっと待て。まったく、君という子は――何にもわかっていない。
「フランソワーズ!!」
僕は大またで彼女を追い越し、そして強引に手を繋いだ。
「勝手に行ったら危ないだろう?迷子になったらどうするんだ」
隣で小さく、何か言われたようだったけど聞こえなかった。
僕は彼女の手をひきながら、きっぱりと言い切った。
「今日は僕のそばを離れるな。――いつもより綺麗なんだから」
僕の声は周囲のざわめきに消されてしまったのか、スリーは何も言わなかった。
ただ、俯いて。
僕はその後は――七夕飾りなんて全く目に入らず、ただ前だけ向いて歩いていた。
時々、立ち止まり何か話す可愛いフランソワーズだけを記憶して。
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