「ええっ。誰だよ、それ」

 

私の初恋のひとは誰?って訊かれたからそう答えたら、ナインは急に怒り出した。

「つまりそれって、今が初恋ってことなんだろ?――黒い髪に黒い瞳。僕と同じ日本人か」

顎に手をあて、ぶつぶつ呟きながらリビングをうろうろ歩き回る。

「・・・いったい、どこで知り合ったんだ?・・・あの時の研究員・・・いや、違うか。でも・・・」

私はただナインを見つめていた。
だって、変なんだもの。面白いでしょう?

「ああっ、黒い髪に黒い瞳なんて日本人のほぼ100%じゃないかっ!!」

ぐしゃぐしゃと髪を掻き毟る。

「くそっ。どこのどいつだそれは」

立ち止まるとこちらに鋭い視線を向けた。

「――フランソワーズ。僕の知ってるヤツかい?」
「ええ」

頷く。

「ということは・・・バレエのひと・・・いや、違うか。だったら・・・僕が会ったことあるヤツか?」
「ええ」

もう一度頷く。

「――アイツか。・・・いや、違うな。だったら・・・・ええい、いったい誰なんだ」

拳を握り締めて歯軋りしている変なナイン。

「ねぇ、ジョー?」
「何だ」
「そのひとって誰か、本当にわからない?」
「ああ。わからないね!」
わかりたくもないけどさ、と低い声で呟く。

「会ってみたい?」
「まあな。でも会ったら僕はソイツに何するか知らないぞ」
何しろ、きみの「初恋」のひとだって言うんだからな――!

「じゃあ、鏡を見て」
「は?」
「鏡よ。か・が・み」
「・・・フランソワーズ。何を言って――ソイツって鏡の精か何かなのか?」

ナインが情けない視線をこちらに向ける。

「やだわ、そんなわけないでしょ。いいから、鏡を見て」

ナインは首を傾げながら、それでも言う通りにリビングにかかっている鏡の前へ行った。

「見えた?」
「何が」
「誰が映ってる?」
「そんなの、僕に決まってるだろう」

 

 

・・・沈黙。

 

 

時計が時を刻む音だけ妙に響く。

 

 

「・・・・・・えっ?」

ナインがくるりとこちらを向く。

「ええと、・・・それってつまり、――僕?」

 

今頃わかったの?
本気でわからなかったなんて、変なひと。

けれどもナインは「僕?」と自分を指差して言ったあと、ふふんと不敵に笑ってみせた。

「――やっぱりな!そうだと思ってたよ」

自慢するように両手を腰にあてて胸をそらす。

「迫真の演技だったろう?」
「――え。ええ・・・」
「大体、きみが好きになるのは僕に決まってるじゃないか。なのにわからないフリをするのは大変だったぞ」

ナインの顔がおかしくて、思わず笑みをもらすと彼は眉間に皺を寄せた。

「何かおかしいかい?フランソワーズ」

だってナイン。あなた耳まで真っ赤よ?

 

 

 

 

 

私の初恋のひとは、かわいいひとです。