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「あれっ?スリー、まだ準備してないのかい?」

ドアチャイムが鳴って、ドアを開けたその向こうに立っていたのはナインだった。
約束通り、クリスマス会に顔を出しに来てくれたのだ。
黒いスーツに光沢のあるブルーのネクタイ。同色のポケットチーフ。真っ白いシャツ。
脇にはプレゼントの箱を抱えていた。

「クリスマス会の準備ならちゃんとできているわ」

ナインをリビングへ連れて行く。

「イヤ、そうじゃなくて」

何故か口ごもるナイン。
どうかしたの、と言い掛けた時、セブンがどこからともなく駆けてきて、ナインの持っている箱を奪い取った。

「こら、セブン。お行儀が悪いわよ?」
「だって、せっかくアニキが持ってきたんだからさ」
「夜まで空けちゃダメよ」
「えーーーー」

駄々をこねるセブンにやれやれと息をついて、ナインに向き直った。

「ね。お茶飲んでいくでしょう?」
「えっ、でも」
「すぐ準備するわ」

ナインの返事を待たずにキッチンへ逃げ込んだ。急いでいるような感じだったけれど、気付かないふりをした。
彼はこれから恋人と会うにせよ、いまは少しだけでもいいから一緒にいたかった。
だって今日は12月24日、クリスマスイブ。
日本では、好きな人と過ごすことになっているのだから。

 

***

 

キッチンから次々と料理が運ばれてくる。どれもシックスが腕をふるったおいしそうなものばかり。
あとは詰め物をした七面鳥を待つばかりだった。

私とナインは、リビングにあるソファに向かい合って座り、コーヒーを飲んでいた。
ナインがちらりと腕時計で時間を確かめる。これで三度目だ。
私はそれに気付いてないふりをする。
ナインが急いでいるのをわかっていると彼にばれたら、どんなに嫌でも、「そろそろ行かないと」と私から切り出してあげなければならなくなってしまう。
今の私は、それよりなにより、ナインと一緒にいたかった。

できればナインをこのままここに留めておきたい。
恋人の元へなんか行かせたくない。

いつもなら、ナインの恋人のことを思うと胸が痛くなって、どうせナインにとって私なんかただの仲間で妹で――という卑屈な思いにとらわれるところだけど、今日の私は少し違う。
ナインにとって、私は「仲間」で「妹」。それのどこがいけないの?
ナインがそう思っていたって、私はナインが好き。
変なふうにいじけて、ナインの顔を見るのが辛いから会わない――なんて、そんなことはもうしない。
だって、ナインが好きなんだもの。
彼が私のことをどう思っているのかなんて、関係ない。

ナインの顔が見たい。
声が聞きたい。
一緒にいたい。

それを我慢するのは、もうやめた。

だから、ナインが恋人に会う時間を気にして急いでいても、私は気にしないことにした。
意地悪してるの、わかっていたけれど。
きっと後で、自分のしたことに凄く落ち込むだろうと知っているけれど。

 

***

 

ナインは時間を気にしてはいるものの、一向に席を立つ気配はなかった。

コーヒーを飲み干してしまう。ジンジャークッキーには手をつけていない。

「おかわり、淹れましょうか?」

ナインは私の淹れるコーヒーが好きだという。
確かに、おかわりをすすめて断られた事は一度も無い。だから今日も、ごく自然にそう言ったのだけど。

「イヤ、いいよ。ごちそうさま」

ナインはにっこり笑みさえ浮かべて、断った。
今までそんな事はなかったから――私は心に冷水を浴びた気分だった。

ナインは恋人に会うために急いでいる。

その事実は事実として、受け止めなくてはいけないようだった。
けれども、急いでいるはずのナインはなかなか席を立とうとはしなかった。
じっと私の顔を見つめ、そうして、少し眉間に皺を寄せて

「スリー?早く準備してくれないか?遅れるよ」

と言った。