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「準備って・・・何の」 にこにこしているナインを呆然と見つめる。 ――恋人。 そこまで思った時、嫌な思い出が頭をよぎった。 ――恋人にキャンセルされたから、私はその身代わり? 確かワインを飲みに行った時もそうだった。 「――イヤ。行かないわ」 気付いたら口走っていた。 「えっ、スリー?」 誰かの代わりなんて。 「――それは困るな。もう予約してあるんだし」 いつものナインのひとこと。すぐ私を子供扱いする。そのたびに私は、自分がナインにとって「妹」でしかないのだと思い知らされる。そんなの慣れているはずなのに、今日は胸に刺さる。 「そんなに行きたいなら、ナインがひとりで行けばいいじゃない」 無理に私を誘わなくても、ナインなら代わりに一緒に行ってくれるひとくらいいくらでも見つかるだろう。 「えっ?」 途端にナインの顔から笑みがすうっと消えた。 「スリー・・・フランソワーズ?一体、何を言って」 勢いで言って、そしてすぐに後悔した。 違う。 「・・・フランソワーズ」 私は誰かの代わりじゃないわ。 「参ったな。――しょうがない。予約はキャンセルするよ」 ポケットから携帯電話を取り出す。 「きみがみんなと一緒のクリスマス会をそんなに楽しみにしてたなんて思ってなくてさ。――ゴメン」 思わずナインの腕に飛びついていた。 「フランソワーズ?」 私は誰かの代わりなのだから、私以外にも誰か代わりになるひとはいくらでもいるはずでしょう? 「他の人?」 ナインは携帯電話を閉じると眉を寄せた。 「そうよ。私じゃなくても、誰か他の人と一緒に」 そうなんでしょう? ――もう、ヤだ。 私はナインと一緒にいたいだけだったのに。 「だってじゃないよ。何だって?」 「大体、フランソワーズの代わりに誰か、なんて、考えた事もない」 急に009の顔になって、きっぱりと宣言する。 「・・・でも、」 私はナインの恋人の代わりなんでしょう? 「フランソワーズの代わりなんているわけがないんだよ。――ああ、もうっ」 頭をがしがしと掻く。 「せっかく、色々と予定を立てていたのになあ!クリスマス会に負けるとは」 そうしてやっと顔を上げた。 「フランソワーズがこっちの方がいいって言うなら、僕もそうするよ」 ディナーはどうするの? 「結局、去年と一緒だな」 そうしてネクタイを緩め、上着を脱いで脇に放った。 「――さて!シックスの手伝いでもしてくるか」 袖を巻くり上げ、立ち上がる。 「あの、ナイン」 ナインが一緒にいてくれるのは嬉しい。 「ねえナイン、あなたはやっぱりここにいちゃいけないわ」 必死の思いで、勇気を掻き集めて言ったのに。 「イヤ、だから、・・・・・・・・・ええっ?」 私はじっとナインを見つめた。 ナインもじっと私を見つめる。 そのナインの頬が少しずつ朱に染まっていって、最後には耳まで赤くなっていた。 「・・・・ええと、その、・・・」 コホンと咳払いをするナイン。 「日本では恋人同士で過ごすっていうの、知ってるんだよね?」 ナインは眉間に皺を寄せると、額に右手の人差し指をあてて黙り込んだ。 「・・・・フランソワーズ。この前僕が来た時、何て言ったか憶えてる?」 ナインは額から指を離すと、大きく大きく息をついた。 「『24日、空けておいて』って言ったんだよ」 ――そういえば。 「・・・・誘ったつもりだったんだけど」 小さい小さいナインの声。 「――えっ?」 怒ったみたいにこちらを見る。ナインの顔は赤いままだ。 「誘ったつもりだったんだけど」 私はちょっと混乱した。 「だって、そんなのおかしいわ。日本ではクリスマスイブは恋人と過ごすのがふつうだ、って」 「うん。・・・だから誘ったんだけど」
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リビングのドアがばたんと開いて、七面鳥がやってきた。 「ほらほら、そこのお二人さん。そろそろ始めるアルヨ」 シックスが七面鳥の載った盆を捧げ持っている。 「アニキ!シャンパンの栓はアニキが抜いてくれよ」 でも、私もナインも何も言わなかった。
ナインは私の顔をじっと見守っている。赤い顔をして、怒っているみたいでちょっと怖い。 だけど私は、考えをまとめるのに必死だった。 ナインには恋人がいるのに。 「――あの、ナイン?」 言いかけると、ナインはますます顔を赤くして口早に言った。 「だから、そういうことだよ!全く、きみときたら何にもわかっちゃいないんだからな!」 フン!と偉そうに言い切って、そうして私の手をぐっと握った。 「――ホラ!シックスが呼んでるだろう?料理が冷めちまう」 そのまま手を引かれる。私は引き摺られるように後に続く。 「あの、」 怒ってるみたいなナイン。 私はナインが好き。 だから、ナインの言葉の意味がよくわからなくて混乱していたけれど、でもこうして一緒にいられるのは凄く嬉しかった。
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