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ナインにプレゼントを買ったものの、本当に渡せるかどうかわからなかったから、私はそれをツリーの下には置かないで自分の部屋にしまっていた。
部屋に入って、プレゼントを持とうとして――私はまだ手にしっかりとナインからもらったネックレスの入った箱を握りしめている事に気がついた。

机にそうっと箱を置く。
ふたを開けて、もう一回中を見る。

ナインが時間をかけてじっくり選んでくれたもの。

私は、それを見ていた時の自分の気持ちを思い出して泣きそうになった。
ナインにそんなに大事に思われてるひとがうらやましくて、うらやましくて仕方なかった。
だから、そんな思いを向けて、丁寧に選んでいるナインを見るのがとても辛かった。――のに。

その相手って・・・私?

信じられない。

でも、あの時ナインと一緒にいたひとは彼の恋人ではなかった。

ナインの大事なひとはひとりしかいない。
前に彼が自分でそう言っていた。

ということは、それは・・・私のこと?

でも、それじゃ話が合わない。
だって、じゃあ・・・ナインが言う「デートの帰り」ってどういうこと?
連日デートしていたナイン。もちろん、その相手は私じゃない。だったら、それは――?

私はナインのくれたネックレスをそうっと取り上げ、身につけてみた。
鏡に映った私は嬉しそうで、でも少し心配そうな顔をしていた。

ナインの気持ち。
そのまま全部信じられたらどんなにいいだろう?

 

 

***

 

 

ブルーのリボンがかけられた包みを僕に渡したフランソワーズの胸に、僕の選んだネックレスが光っているのを見て嬉しくなった。
うん。やっぱり、凄く似合ってるし――なんていうか、フランソワーズっぽい。

しかも、彼女は今度は躊躇せず僕の隣に腰掛けた。
そんな他愛もないことが嬉しかった。

フランソワーズからのプレゼントはブルーのマフラーだった。
紺とブルーと黒のグラデーションになっている。
その蒼い部分が彼女の瞳の色とよく似ていて、気に入った。

「ね。首にかけてみて?」

きらきらした瞳でフランソワーズが言う。

「うん」

首に巻いてみると、フランソワーズが嬉しそうに笑った。

「良かった。やっぱり青の方が似合うわ。赤いのと迷ったんだけど、赤じゃ・・・ね」

赤いのは防護服のマフラーと同じ色だ。

「ジョーのマフラーは赤っていう印象が強かったけど、でもふだんは・・・赤じゃなくてもいいわよ、ね」
「うん。僕は蒼い色は好きなんだ」

きみの瞳と同じ色だから。

「そうなの?――良かったわ」
「フランソワーズもよく似合うよ」
「えっ?」
「そのネックレス」
「あ、・・・嬉しくてつけちゃったの」

頬を染めて下を向く仕草が可愛い。

しばらく無言でツリーを見つめる。
なんだかくすぐったいような、心地良いような、不思議な空気に包まれていた。
手を繋ぎたくなって、そうっと彼女の様子を窺った。すると、彼女もこちらを見ていて目が合った。

「ん、なに?」
「・・・うん」

言おうかどうしようか迷う――といった風情のフランソワーズ。

「なに?言ってごらん」
「・・・ええ。そうね」

それでも、両手を握り合わせ、やっぱり言おうかどうしようか迷っているようだった。
いったい、何を言おうというのだろう?

きみの気持ちだったら僕は知っているのに。
でも、直接ちゃんと彼女の口から聞くのも悪くない。

「・・・あのね。ジョー」
「うん」
「ずっと、気になってたんだけど」
「うん?」
「よくデートの帰りに寄って、コーヒーを飲んでいたでしょう?」
「ああ」
「そのデートの相手、って・・・誰なのかしら、って」
「え!?」

僕はぎょっとしてフランソワーズの顔を見た。
フランソワーズはというと、一大決心という決死の表情だった。

「そのう・・・、前に、大事なひとはひとりしかいない、って言ってたでしょう?」

それはきみのことだよ。

「もし、それが私のことなら、だったら毎日デートしてた相手って何なのかしら、って思って」

何なのかしら、って、そんなひとはいない。
何故なら僕はデートなんてしてないからだ。

でも――待てよ。

僕はフランソワーズの表情を見て、ある事に気がついて愕然とした。

まさか。

まさかフランソワーズは、誤解している――?
僕には、連日デートする相手がいる。つまり、大事なひとはひとりとか言っておいて、実は色んなひとをとっかえひっかえしてデートする不誠実な男なんだと。

冗談じゃない。

それは違う。

それは違うぞ、フランソワーズ!

 

 

***

 

 

ナインの顔が心なしか引きつって見える。

――やっぱり、そうなんだ。

ナインには付き合っているひとが他にもたくさんいる。
好きだとか言うのは、彼にとっては普通のことなんだ。

なのに、ひとりで浮かれて、私ったらばかみたい。

 

 

***

 

何をどう言えばわかってもらえるだろうか?

自分で自分に落ち着けと言い聞かせながら、めまぐるしく頭を回転させる。
ともかく、わかってもらわなければ。
僕が好きなのはフランソワーズだけだ、ってことを。

しかし、何か言おうとしたその矢先、無情にも彼女はソファから立ち上がって言った。

「もう、寝るね」

おやすみなさい――と小さく消えるような声で言って部屋を出て行こうとするから、僕は何も考えず慌てて彼女の手首を掴んでいた。

「・・・ジョー?」

不思議そうに僕を見るフランソワーズ。
そんな顔さえ可愛いと思ってしまう僕は、誰がどう見ても彼女に夢中なのに違いない。

「違うよ。デートしてる相手なんて」

そんなのいないんだ。きみの気をひきたくてついた嘘なんだから。夜中に会いたくなった時に、会いに行く口実だったんだから。――と、言ってしまうのはやっぱりかなり恥ずかしかった。

「・・・いいのよ。ごめんなさい。変な事を訊いたわ」

黙り込んだ僕を誤解して、そんな事を言うフランソワーズ。
違うんだ、そうじゃなくて・・・

寂しそうに笑うフランソワーズ。

その瞬間、僕は恥ずかしいとかどうとか、そんなのどうでも良くなってしまった。
フランソワーズに悲しい思いをさせるくらいなら、どんなに恥ずかしくても全部言う。

全部言うぞ!

 

 

***

 

私の手首を掴んだままナインが立ち上がり、そうしてぐいっと引いた。
私はつんのめるように、ナインの胸に顔を埋めていた。
その頭をナインはぎゅうっと抱き締めた

えっ?

ええっ?

いったい、ナインは急に何を――?

驚いたけれど、でももっと驚いたのは、私はナインにそうされても全然嫌じゃなかったということ。
もちろん、嫌じゃないのに決まってる。
戦っている時はよくこうして守ってもらっていたのだから。

でも、今は戦いの最中ではない。
守ってもらうような状況ではない――はず。

「――ごめん。・・・違うんだ」

私を自分の胸に押し付けたまま、ナインが耳元で小さく言う。

違う、って・・・何が?
もしかして、ナインが私のことを好きと言ったのが間違いだったというのだろうか?

いまさらそんな事を言われたら、私の胸は悲しくて潰れてしまう。

思わず息を止めていた。

「あの、ジョー・・・」
「黙って」

急に心臓がばくばく言い始めた。頭ががんがんする。貧血を起こすみたいに。

「ごめん。全部、嘘なんだ」

心臓がどくん、と一回大きく打った。

「デートしてる相手なんていない。僕は、フランソワーズに会いたくて、そういうことにしておけば、急に夜中に会いに行っても不自然じゃないから、だから」

すうっと呼吸が嘘みたいに楽になった。
代わりに、ナインの心臓が物凄く速く打っているのが聞こえてきた。私は彼の胸のなかにいるから、耳を使わなくても簡単に聞こえてしまう。

「だから、嘘をついた。ごめん、フランソワーズ。だから、頼むから、他に誰かがいるなんて思わないでくれ。僕はずっと、・・・・ずっと、」

私は、そうっとナインの背中に腕を回した。
一瞬、ナインの身体がびくっと揺れた。でも、構わず抱き締めた。
そうしたら、少しずつ、ナインの鼓動がゆっくりになっていった。

ナインがため息のように大きく息を吐き出した。

「――ずっと、フランソワーズしか見てないよ」

 

ナインに抱き締められていたら、不思議と気持ちが落ち着いてきた。不安に思っていたこと、心のなかにわだかまっていたもの全部がどんどん小さくなって消えていく。

抱き締めるのって敵から守るためだけかと思っていたけど、違うのね?
疑ったり、悲しくなったり、心配になったり――そういう気持ちからも守ってくれる。

私はナインの温かさが嬉しくて、私もナインを守りたくて、そのまま抱き締めていた。

そのうち、ナインがくすくす笑っているのが聞こえてきて――それを聞いたら、なんだか私も笑いたくなってきて、いつの間にかふたりでくすくす笑っていた。

「――なんだろうな。僕は」

笑いながらそう言って、そしてナインは確認するかのように訊いた。

「フランソワーズは僕の恋人だ。――いいよね?」

 

いつものナインの声。少し威張ったみたいな。

だから私もいつものように答えた。笑いながら。

 

「はい」