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ナインにプレゼントを買ったものの、本当に渡せるかどうかわからなかったから、私はそれをツリーの下には置かないで自分の部屋にしまっていた。 机にそうっと箱を置く。 ナインが時間をかけてじっくり選んでくれたもの。 私は、それを見ていた時の自分の気持ちを思い出して泣きそうになった。 その相手って・・・私? 信じられない。 でも、あの時ナインと一緒にいたひとは彼の恋人ではなかった。 ナインの大事なひとはひとりしかいない。 ということは、それは・・・私のこと? でも、それじゃ話が合わない。 私はナインのくれたネックレスをそうっと取り上げ、身につけてみた。 ナインの気持ち。
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ブルーのリボンがかけられた包みを僕に渡したフランソワーズの胸に、僕の選んだネックレスが光っているのを見て嬉しくなった。 しかも、彼女は今度は躊躇せず僕の隣に腰掛けた。 フランソワーズからのプレゼントはブルーのマフラーだった。 「ね。首にかけてみて?」 きらきらした瞳でフランソワーズが言う。 「うん」 首に巻いてみると、フランソワーズが嬉しそうに笑った。 「良かった。やっぱり青の方が似合うわ。赤いのと迷ったんだけど、赤じゃ・・・ね」 赤いのは防護服のマフラーと同じ色だ。 「ジョーのマフラーは赤っていう印象が強かったけど、でもふだんは・・・赤じゃなくてもいいわよ、ね」 きみの瞳と同じ色だから。 「そうなの?――良かったわ」 頬を染めて下を向く仕草が可愛い。 しばらく無言でツリーを見つめる。 「ん、なに?」 言おうかどうしようか迷う――といった風情のフランソワーズ。 「なに?言ってごらん」 それでも、両手を握り合わせ、やっぱり言おうかどうしようか迷っているようだった。 きみの気持ちだったら僕は知っているのに。 「・・・あのね。ジョー」 僕はぎょっとしてフランソワーズの顔を見た。 「そのう・・・、前に、大事なひとはひとりしかいない、って言ってたでしょう?」 それはきみのことだよ。 「もし、それが私のことなら、だったら毎日デートしてた相手って何なのかしら、って思って」 何なのかしら、って、そんなひとはいない。 でも――待てよ。 僕はフランソワーズの表情を見て、ある事に気がついて愕然とした。 まさか。 まさかフランソワーズは、誤解している――? 冗談じゃない。 それは違う。 それは違うぞ、フランソワーズ!
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ナインの顔が心なしか引きつって見える。 ――やっぱり、そうなんだ。 ナインには付き合っているひとが他にもたくさんいる。 なのに、ひとりで浮かれて、私ったらばかみたい。
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何をどう言えばわかってもらえるだろうか? 自分で自分に落ち着けと言い聞かせながら、めまぐるしく頭を回転させる。 しかし、何か言おうとしたその矢先、無情にも彼女はソファから立ち上がって言った。 「もう、寝るね」 おやすみなさい――と小さく消えるような声で言って部屋を出て行こうとするから、僕は何も考えず慌てて彼女の手首を掴んでいた。 「・・・ジョー?」 不思議そうに僕を見るフランソワーズ。 「違うよ。デートしてる相手なんて」 そんなのいないんだ。きみの気をひきたくてついた嘘なんだから。夜中に会いたくなった時に、会いに行く口実だったんだから。――と、言ってしまうのはやっぱりかなり恥ずかしかった。 「・・・いいのよ。ごめんなさい。変な事を訊いたわ」 黙り込んだ僕を誤解して、そんな事を言うフランソワーズ。 寂しそうに笑うフランソワーズ。 その瞬間、僕は恥ずかしいとかどうとか、そんなのどうでも良くなってしまった。 全部言うぞ!
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私の手首を掴んだままナインが立ち上がり、そうしてぐいっと引いた。 えっ? ええっ? いったい、ナインは急に何を――? 驚いたけれど、でももっと驚いたのは、私はナインにそうされても全然嫌じゃなかったということ。 でも、今は戦いの最中ではない。 「――ごめん。・・・違うんだ」 私を自分の胸に押し付けたまま、ナインが耳元で小さく言う。 違う、って・・・何が? いまさらそんな事を言われたら、私の胸は悲しくて潰れてしまう。 思わず息を止めていた。 「あの、ジョー・・・」 急に心臓がばくばく言い始めた。頭ががんがんする。貧血を起こすみたいに。 「ごめん。全部、嘘なんだ」 心臓がどくん、と一回大きく打った。 「デートしてる相手なんていない。僕は、フランソワーズに会いたくて、そういうことにしておけば、急に夜中に会いに行っても不自然じゃないから、だから」 すうっと呼吸が嘘みたいに楽になった。 「だから、嘘をついた。ごめん、フランソワーズ。だから、頼むから、他に誰かがいるなんて思わないでくれ。僕はずっと、・・・・ずっと、」 私は、そうっとナインの背中に腕を回した。 ナインがため息のように大きく息を吐き出した。 「――ずっと、フランソワーズしか見てないよ」
ナインに抱き締められていたら、不思議と気持ちが落ち着いてきた。不安に思っていたこと、心のなかにわだかまっていたもの全部がどんどん小さくなって消えていく。 抱き締めるのって敵から守るためだけかと思っていたけど、違うのね? 私はナインの温かさが嬉しくて、私もナインを守りたくて、そのまま抱き締めていた。 そのうち、ナインがくすくす笑っているのが聞こえてきて――それを聞いたら、なんだか私も笑いたくなってきて、いつの間にかふたりでくすくす笑っていた。 「――なんだろうな。僕は」 笑いながらそう言って、そしてナインは確認するかのように訊いた。 「フランソワーズは僕の恋人だ。――いいよね?」
いつものナインの声。少し威張ったみたいな。 だから私もいつものように答えた。笑いながら。
「はい」
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