「クリスマスデート」    

 

 

翌25日はデートをすることになった。

今までみたいに、これってデートよね?と勝手に思っているのとは違う、本物のデート。
だってナインがそう言ったから。「デートしよう」って。

昨日の夜は、しばらくおしゃべりをしてからそれぞれの部屋に戻って眠った。
ナインはちょくちょく泊まることがあるから、彼のパジャマや歯ブラシはゲストルームに常備してある。

夜も遅いからもう寝なくちゃと言いながら、私は離れがたくてぐずぐずリビングに残っていた。
ナインも席を立たなかったから、きっと同じ気持ちだったのかなと思う。

部屋に戻ってからも、私は眠れなかった。
デートには何を着ていこうかあれこれ考えて、結局二時間くらいうとうとしただけだった。
でも不思議と全然眠くない。

朝食の支度のため階下に下りて行ったら、既にナインがおきていた。

「おはよう」

朝、ナインがここにいるのなんて珍しくないのに、私は急に落ち着かない気持ちになった。

「あの、ごはん食べるでしょう?すぐ作るから待ってて」
「あ、いいよ。帰るから」
「帰る!?」

だって、今日はデートしようね、って・・・

私の顔を見て、ナインが慌てて言う。

「ああ、そうじゃなくて。いったん着替えたいしさ。――ホラ、僕はこの格好だし」

そうだった。ナインはスーツ姿だったのだ。

「後で迎えに来るよ」

 

***

 

デートの場所に選んだのは、みなとみらい・クイーンズスクエア。この前、ナインを見つけて悲しくなった場所。
どうしてここになったのかというと、このままにしていたら、ここはいつまでも「悲しい思いをした場所」になってしまう。それはよくないというナインの意見で、今度は「悲しい思いをしたけれど、でも楽しい場所」にしようねということになった。

「見て、ジョー!まだツリーがあるわ」

はしゃいで駆け出そうとした私の手をナインが掴んで引き止める。

「まだクリスマスなんだから、当たり前だよ」
「ね、早く早く!」

わざとゆっくり歩くナインの手を引っ張るようにして連れて行く。
吹き抜けになった中央に据えられた巨大な真っ白いクリスマスツリー。今日は店内にも緩やかにクリスマスソングが流れている。
手すりから下を覗いてみると、今日はこれからクラシックの生演奏があるようで、奏者がスタンバイしていた。

「あんまり乗り出すと落っこちるぞ」
「大丈夫よ」
「ダメだよ、危ないなあ」
「だって、そうしたらジョーが助けてくれるでしょ?」
「イヤ、助けない」

背後にいるナインをくるりと振り返る。

「助けてくれないの?」
「ああ、助けないね」

でも、もし本当にそうなったら絶対助けてくれるのはわかってる。

「・・・意地悪」

ぷうっと膨れてナインから視線を外し、再びツリーを見つめる。
すると、手すりにナインの両手がかけられた。間に私を挟んで。

「まったく、バカだなぁ、フランソワーズは」

直ぐ後ろにナインがいる。
そのままナインが両手を狭めれば、私は簡単に彼の腕のなかにおさまってしまう。そんな距離。

抱き締められちゃうのかな、私。

こんな公衆の面前で。

ナインに。

ぎゅーって。

途端にどうすればいいのかわからなくなった。
心臓は勝手に速くなるし、顔はどんどん熱くなるし。
いやだわ、落ち着きなさい、003。こんなの、ミッションの時はしょっちゅうでしょ?慣れてないわけじゃないんだから――

「そもそも僕は絶対にきみを落とさないよ」

一緒にいるのが誰か、よーく考えるんだな。と、威張ったように言う。
その「009の声」に私は落ち着きを取り戻した。

「違うわよ。もし落ちたら、っていう仮定の話をしてるのよ?」
「だから、そもそもその仮定がおかしいんだって。有り得ないんだよ、きみが僕の前で落ちるなんて」
「・・・落っこちるぞって言ったのはジョーじゃない」
「・・・そうだっけ?」
「そうよ」

お互いにくすくす笑いながら。目の前のツリーを見つめながら。

この前、ひとりでここに立っていた時は、楽しい気分とは程遠かった。隣にナインがいたらいいのに、って思って悲しくなった。悲しくて、寂しくて、そして、ナインの姿を見つけた。――けれど、ナインは女連れだった。
もちろん、今ではそれは間違いだったって知っているけれど。でも、あの時は・・・

「フランソワーズ?」

耳元で声がした。

「ほら。雪が降ってくるよ」

見上げると、天井から雪。
クリスマスソングがひときわ大きくなって、周囲のざわめきも小さくなってゆく。
照明が絞られ、ツリーの電飾が瞬く。
この前見た時と同じくらい、幻想的で綺麗だった。

――あの時の気持ち。そう簡単に忘れられるわけがない。
寂しい心に、ナイフが突き立てられたみたいな。そんな、切なくて痛くて辛い気持ち。
ナインに彼女がいるというのが現実となって目に見えた時。私は、ナインへ向かう自分の気持ちがどのくらい大きかったのか、どのくらい大切にしていたのか、その時初めてちゃんと理解したように思う。

知らず、涙ぐんでいた。

すると、ナインが少し近付いて――背中がふわっと温かくなった。
ナインは何も言わない。
だけど。
温かくなってゆく。
背中から、指先へ。
指先へ送られた温かさは、今度は体の中心へ向かってゆく。
そして、体のなかにある心が次第に温まってゆく。

あったかくて、気持ちが良かった。

ナインといると、寒くて頑なだった心があったまって優しい気持ちになってゆく。
それが好き。
そんな自分が好き。

ナインと一緒にいるのが好き。

ナインが好き。

 

 

***

 

 

今日は温かいので、昼食のあと外のベンチに並んで座っていた。
眼下には観覧車と海が見える。
時折、風が吹き付けてくるので、僕はスリーの風除けに徹していた。

「この後、どうしようか」

言うと、スリーがくるりとこちらを向いた。蒼い瞳がきらきらしてる。可愛いなあ。

「ジョーはどうしたいの?」
「え、どうって・・・特に決めてないけど」
「私もよ」

僕はスリーがそばにいるならそれで良かったので、ここでこのままぼーっと海を見ていてもいいと思っていた。
でも、女の子はどこか行きたいんだろうなぁ。――デートだし。
昨夜急に決めたデートだったから、何も準備をしていないし、計画も立てていなかったことを僕は少し後悔した。
退屈って思ってないだろうか。段取りが悪いなあとか。

心配になって、隣のスリーの様子を窺う。

「・・・どうしたの、ジョー?」

こっそり見たのにすぐに気付かれてしまった。

「――いや、別に」
「どこか行きたいの?」
「いや、別に」
「ここにいるのはイヤ?」
「いや、別に」
「じゃあ、・・・もう少し、ここにいてもいい?」
「え。あ、ウン」
「――ジョー、寒くない?」
「ウン」

じっと見つめる蒼い瞳。

じっと。

じいいいいっと。

「・・・寒くないのね?」
「え。・・・ウン」

じーーーっと見つめる蒼。

「本当に、寒くない?」
「ウン。僕は」

大丈夫だと言いかけて気付く。
スリーは暗に、自分は寒いと訴えているのではないだろうか?

「・・・ええと。フランソワーズは?」

じっと見つめる蒼い瞳。

「・・・ええ。ちょっと寒い・・・かな」
「え。じゃあ、中に入ろう」
「イヤ。もうちょっといていい、って言ったじゃない」
「でも寒いんだろう?」
「うん」
「だったら、中に・・・」

僕と彼女の間は、こぶしひとつぶんの空間。
それを埋めたら――寒くなくなるのではないだろうか?
僕は右手をそうっとスリーの肩のほうへ伸ばしてみた。が、もうちょっと、というところで不自然に固まる。

イヤ、ダメだ。急にこんなことをしたら、スリーは絶対びっくりして――

――でも、ミッション中は、肩を抱くなんてことは全然普通にやっていたし、更に、抱き寄せる、なんてことだって普通のことだった。だから――そんなに大したことではない。・・・・かな?

すると、スリーが小さくくしゃみをした。

その瞬間、僕はジャケットのボタンをはずすと、上着を広げてその中にスリーを抱き寄せた。

「え、ジョー?」

ああ、目がまん丸だ。

「風邪ひくぞ」
「え、でもジョーが寒いわ」
「平気だ」
「でも」
「いいから」

スリーは僕の腕のなかで身じろぎもしない。
何も言わない。

「・・・フランソワーズ?」

スリーはうつむいたままだ。

「・・・寒い?」
「ううん。大丈夫。・・・ジョーは?」
「うん。大丈夫」

そう言うと、安心したように息をついて、スリーは僕の肩にそうっともたれた。

ミッション中とは違う。
防護服ではない時にこんなに近くにいることがあっただろうか?
勢い――とかで、一瞬抱き締めたことはあったかもしれないけれど、こうしてじっと抱いているのは初めて――の、ような気がする。

スリーの髪の香りがする。

スリーが呼吸しているのがわかる。

肩にかかる彼女の重さが嬉しかった。
嬉しくて――全然、寒くなんかなかった。

普段、自分は無敵のサイボーグだと自負していたけれど、いまこの時に比べたら全然だった。
いまの僕は、もっともっと強い。強くなれる。誰にも負けない。
何故なら、こんなに可愛いスリーが腕のなかにいるのだから。

可愛くて、あったかくて、柔らかくて。

心の中が温かくなってくる。

どうして僕はこんなにきみが好きなんだろう?

きみが他の男の車に乗っているのを見た時の気持ちは、もう二度と味わいたくない。
きみが他の男と話している姿も見たくない。
きみが他の男を見つめているのもイヤだ。

絶対、ダメだ。

「――許さないよ」

小さく呟いてみる。

「えっ。何か言った?ジョー」
「うん・・・ダメだなぁ。きみは003なのに」
「・・・いっつもスイッチを入れてるわけじゃないわ」

ぷっと膨れた頬を指でつつく。

「ほら。すぐ膨れるの、コドモだなぁ」
「もうっ」

軽く僕の手を払って唇を尖らせる。

「何て言ったの?」
「教えない」
「教えて?」
「イヤだ」
「けち」
「何だって?」
「意地悪」
「ああ、そうだよ」
「もうっ・・・」

ぷいっと横を向いてしまう。でも、僕の腕のなかから逃れようとはしない。

「知らない。ジョーなんか」
「ふうん。本当に?」
「ええ。知らないわ」
「じゃあ、置いて帰るよ?」
「ええっ!?」

途端に不安そうな顔になって、僕の顔を覗き込んでくる。

「――なんてね。う・そ」

真っ赤になって黙るスリー。そんなのも可愛い。

こうしてきみをいじめていいのも、僕だけなんだ。
守るのも。

 

***

 

結局、店の中に入ったのは5分後だった。
ずっとここにいたいと言ったスリーは、僕があんまりからかうから本気で怒ってしまったのだ。

怒って口をきかないきみ。

でも、繋いだ手を離そうとはしなかった。