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デートの帰り、いつものようにフランソワーズをギルモア邸に送り届けたあとのこと。
リビングで、彼女の淹れたコーヒーを飲む。これも、いつものこと。

「・・・ねえ、ジョー?私、あなたに訊きたいことがたくさんあるの」
「えっ、そうなのかい?・・・なんだろう?」

ソファに並んで座るのも、いつものこと。
ただ少し違うのは、今日は二人の距離がいつものそれより気持ち近いこと。

「あのね。・・・順番に訊いていってもいいかしら?」
「どうぞ」

ジョーは足を組んでゆったりと背もたれにもたれた。
フランソワーズの背中に波打つ亜麻色の髪を見るともなく見つめて。

「・・・ジョーは、私の淹れたコーヒーが好きなのよね?」
「うん」
「今まで夜中に飲みにきたのって・・・デートの帰りって言ってたけれど、そうじゃないのよね?」
「うん」

ここまではクリスマスイブに言ったこと。

 

「じゃあ、どうしてそんな嘘を吐いたの?」

 

「・・・・・えっ?」
「だって、嘘なんでしょう?どうして?」
「どうして、って・・・・」

 

きみに妬いて欲しかったから。

 

とは言えず。代わりにコーヒーをひとくち。
フランソワーズは肩越しにジョーをじっと見つめている。
痛いほどに視線を感じつつも、ジョーは顔を上げない。

「・・・じゃあ、ふたつめね」

助かった・・・と、次のフランソワーズの「訊きたいこと」に耳を傾ける。

「去年のお雛様の時に、イヤリングをくれたでしょう?」(注:SS「3月3日」参照)
「ああ」
「あの時、『お店に何度も通った』って言ってたけど、本当に?」
「・・・・」
「私があのイヤリングを気に入ったから、そのために何度も行ってお願いしてくれたの?」
「・・・・・」

ジョーは答えない。

「それから、みっつめね」

フランソワーズは答えないジョーを気にしながらも続ける。

「『Audrey』にケーキを食べに行った時、不機嫌だったのはどうして?」(注:SS「とまどいも愛おしさ」参照)
「・・・・」

「あとね、よっつめ。ジョーのお誕生日、いったい誰と過ごす予定だったの?その時、彼女がいたの・・・?」(注:SS「ジョーの誕生日」参照)
「いない」
「じゃあ、あれも嘘なの?」
「・・・・・」

「それから、いつつめ。ワインを飲みに行ったとき、私と一緒じゃないと落ち着かないって言ってたのは保護者としてなのかしら」(注:SS「ワイン」参照)
「保護者っ?なぜ?」
「だって、・・・ジョーが子供扱いばかりするから・・・」

だんだん声が小さくなり、すっかり俯いてしまったフランソワーズ。
ジョーはこほんと小さく咳をすると、まったく細かいことをよく覚えてるなあと言った。軽く咎めるような雰囲気で。

「だって、気になってたんだもの。・・・言えないことなら、いいのよ?答えなくてもいい」
「じゃあ何で訊いたんだい?」
「・・・もしかしたら、答えてくれるかも、って・・・」

ジョーは飲み干したカップをテーブルに載せると、身を乗り出して背中からフランソワーズを抱き締めた。

「っ!ジョー?」
「しいっ。黙って聞いて」
「でででもっ」
「――いいから」

真っ赤になって、ジョーの腕から逃れようと身をよじる――が、それも少しずつ静かになってゆく。

「妬いて欲しかったから。きみのために何度も行った。ウエイターに妬いたから。妬いて欲しかったから。落ち着かないよ、きみが見えないと。――以上」

耳元で、全ての質問に律儀に答えるジョー。が、いずれも物凄い早口だったため、フランソワーズは残念ながら殆ど聞き取れなかった。

「――何か質問は?」

ジョーがフランソワーズの顔を覗きこむ。頬が赤い。が、フランソワーズも負けないくらい頬が赤かった。
もっとも、彼女の場合は頬だけでなく、ゆだったように首筋も耳も顔も全て赤くなっているのだったが。

「それってつまり・・・」
「――うん。そういうことだよ?」

それってつまり、僕がきみを物凄く好きだっていうことさ。
一度言ったから、もう言わないけれど。

「あ、あのっ・・・」

ジョーの腕の中で茹りながらも、彼がコーヒーを飲み干したことに気付く。

「おかわり、淹れてきましょうか・・・?」
「――ああ、頼む」

そうしてやっと腕が解かれた。

「ジョーってほんとにコーヒーが好きよね?」
「うん。きみのこともね」

 

 

 

 

真っ赤な顔のまま逃げるように去って行ったフランソワーズ。
「もうっ・・・いやなジョー!」という小さい声だけが耳に残った。

残されたジョーはソファに寄りかかり、僕のフランソワーズは何て可愛いのだろう・・・と思っていたのだったが。
突然、ある事に気付いて愕然とした。

 

僕は、フランソワーズの気持ちを聞いていない!

 

もちろん、彼女の態度や仕草や目線から、自分を好ましく思っていることは間違いないと思う。
おそらくそれが正解だろうとも思っている。
が、よくよく考えてみれば、彼女の口から「好き」の二文字を聞いたことはない。

しかし、女性にそういうのを言わせるのは、なんとなくかっこ悪いような気もした。
沽券に関わるというか。

とはいえ。

ジョーは胸の前で腕を組んだ。沈思黙考する。

それでもやっぱり、彼女から「好き」と聞くのは悪くない。
一度くらい、ちゃんと聞いてみたい。

「――だから、バレンタインデーか・・・」

日本では、唯一女性から男性に愛の告白を許されている日。
だが、今まで彼女からは普通にチョコレートを貰っていた。当然のように。
だからそれに特別深い意味があるという気もしなかった。あまりにも普通に渡され、普通に受け取っていた。彼女がチョコレートを渡すのは自分しかいないとも思っていた。
けれど、「愛の告白」なんてものは付随してはいなかったのだ。

――「言って」と言えば言うのだろうか。

009の命令には逆らわない。それが003だ。
が、命令して言ってもらってもなんだか楽しくなさそうだった。
試しに想像してみても、棒読みで「好き」と言われ全然嬉しくなかった。

なんだかこれじゃあ、僕が片思いしてるみたいじゃないか。

そんなことはないと思ってはいても、一抹の不安は残った。

――僕が片思い?フランソワーズに?
そんなわけない。
だって彼女は僕の恋人になってもいいって言ったんだから。

 

でも。

 

「好き」とは言ってくれなかった。

 

 

 

 

そんな会話をしていたのが約一週間前。イチゴ狩りに行くちょっと前のことだった。

今思えばなんて懐かしいのだろう?
あの時は、一週間後の自分たちがこうなっているなど思いもしなかった。

自分がフランソワーズに「好き」とはっきり言われたことがないといっても、彼女の気持ちを疑うなんてことはなかったし、彼女が自分を思っていることにも自信があった。
が、今はそれもない。

あんなふうに避けられたら、どうしようもない。
指先が触れただけで振り払われる。
極力、二人っきりにならないようにいつも誰かがいるように気をつけられてしまう。

――僕はきみを襲う悪人か。

自嘲気味の笑みが浮かぶ。
誰よりも彼女を愛し守り、大事に思っているこの自分が、今や彼女にとって一番の脅威になってしまっている。
そんなばかなと思うものの、事実そうだから仕方がない。
受け止めるしかなかった。

フランソワーズ。

きみは僕が嫌いになった?