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ゆっくりとナインが立ち上がる。 「・・・やっぱりそうやって僕を避けるんだな」 一歩スリーの方へ近付く。 「どこまで僕を避けられるかやってみようか?」 スリーはナインの顔を見ない。ずっと手元に視線を落としたままだ。 「・・・スリー!いい加減に僕を見ろ!」 それでも顔を上げず、大きく首を横に振るスリー。 「――!」 ナインはかっとすると、大股であっという間に二人の距離を縮め、スリーの腕を掴んでいた。 「スリー!」 腕を掴まれたものの、頑なにナインの方は見ない。 「スリー!こっちを向けと言ってるだろう!?」 スリーの顎に手をかけ、無理矢理こちらを向かせたナインは、けれども彼女の顔を見て一瞬で怒りが解けた。 「・・・スリー?」 冷たい態度に冷たい言葉。やはり自分は嫌われてしまったのだと、ここ数日ずっと落ち込んでいたナイン。それでも、ずうっと前に、バレンタインデーはデートしようねと決めてあったから、勇気を出してやって来た。が、やはり思った通りの冷たくそっけないスリーの態度に、いよいよ我慢の限界だった。嫌いになったなら、そう言ってもらったほうがマシだった。が、はっきりそう言われるのも怖かった。だから、そのジレンマとストレスをスリーにそのままぶつけてしまった。 「え・・・と、スリー?」 拍子抜けしたとはこういう事を言うのだろう。 「痛いわ。離して、ジョー」 慌てて手を離す。掴まれていた部分を痛そうにさするその姿に胸が詰まった。 「・・・スリー、その」 てっきり嫌われていると思っていたのに。なのに・・・そうじゃない? 「・・・ゴメン」 それきり黙った。――混乱していた。 一方、スリーもまた混乱していた。 「・・・ごめんなさい」 鼻の奥がつんとする。泣くつもりはなかったのに。 涙が絡まったその声を聞いて、ナインは抱き締めようとする自分を抑えるのに必死だった。 「・・・泣かないで、フランソワーズ」 ともかく、手を伸ばして何とか髪を撫でるだけにおさめる。 そうっとそうっと。優しく。ゆっくりと。 心の中で言いながら、髪を撫でる。 「・・・泣かないで」 こくんと頷く。 別に深い意味はなかったのに、そんなことを気にしてたのか。 「それに、・・・ほっぺにちゅうって、・・・」 スリーの態度に腹が立って、言わなくてもいいことまで言ってしまった。もちろん、彼女を傷つける目的で。 「――してる。けど、仕事の一部だから」 小さく小さく聞こえる声。 「でも、仕事だからさ」 それとこれとは、意味が違う――のに。 「・・・ええと」 参ったな、どう説明すればわかってくれるのだろう・・・と天を仰いだナイン。 涙で頬は濡れ、瞼も赤く腫れている。顔は真っ赤で首まで赤い。 「・・・っ」 ナインは思わず噴出しそうになり、慌てて堪えた。 「!!酷いわ、ジョーったら!いま私の顔を見て笑ったでしょう!?」 いつもより不細工な顔で怒るスリー。それが、なんとも可愛くて――可愛くて、ナインはとうとう笑いだしてしまった。 「いやっ・・・、きみ、鏡見てきたら?酷いぞっ・・・・」 くつくつ笑うナインにスリーは横を向く。が、今度は身体を引こうとはしない。 「・・・顔を見られたくない?」 そうっと腕を取り、引き寄せる。 「・・・見えないだろう?」
スリーはナインの腕に優しく抱き締められ、だんだん落ち着いてきた。 ずっと、彼のことが怖かった。と、同時にもっと近くにいたいという気持ちが湧きあがってきて、こんなに好きになってしまっていいのだろうかという思いと、そんな気持ちがもしも彼に伝わってしまったらという恥ずかしさがあった。それでつい、避けてしまっていた。 でも、ナインの笑顔でそんなものは全部消えてしまった。 こんなに好きなのに、どうして避けていたんだろう?
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