ばれんたいん前哨戦

 

 

「ねぇ、ジョー?」

「うん?」


いつものコーヒータイム。夜11時のギルモア邸。
ナインはカップの縁からスリーの様子を窺った。

「あの、・・・14日なんだけど、空いているかしら」
「14日?・・・さあ。どうだったかな」
「日曜日なんだけど。今度の」
「今度の日曜日・・・」

ナインはカップを置くと虚空に視線をさまよわせた。

「うーん。何かあったかな」

スリーはナインの隣に座ると、期待に満ちた眼差しでじっと見つめた。

「あ。その日は確か『ファンの集い』が」
「ファンの集い?」
「うん、確か毎年2月だっ・・・っあ!そうか」

どことなくしょんぼりしているスリーにナインは言った。

「その日はバレンタインデーじゃないか!」

そうかそうかそうだったよなとナインはひとり納得した。

「うん。大丈夫。集いは夕方には終わるから」

夜には一緒にいられるよ。と続けるはずだったが、あまりにスリーがしょんぼりしているので言えなかった。

「フランソワーズ?」
「・・・ううん。いいの。そうだったわよね。お仕事だったわ」

けなげにも笑ってみせるから、ナインは一瞬『ファンの集い』など知るもんかと思ったけれど。

「気持ちを伝えるのなんて、別にその日じゃなくてもいいのよね」

これを聞いて気が変わった。

「バレンタインデーなんてそんなの、片想いの奴らにとって重要なだけだろ?僕たちには関係ないよ」

早口に言うと、コーヒーを飲み干した。
頬が赤いのは照明の関係だろうか。

「そっ・・・そうね」

私たちは片想いじゃないものね・・・と、スリーが小さく呟いた。

頬はナインと同じ色に染まっていた。

 

 

 

「でも、ファンの集いって確か・・・」


スリーは思い巡らせた。
確か去年、ファンとハグしたりほっぺにチューしたりすると言ってなかったか。

それは恒例なのだろうか。

そして、今年もそのようにするのだろうか。


「あの、ジョー」
「なに?」
「その、・・・ファンの集いってどこでやるの?」
「渋谷だったかな」
「私、お迎えに行ってもいい?」
「えっ?」
「そうしたら、早く会えるし」
「いや、でも時間は読めないよ」
「待つのは平気よ」
「いや、でも」
「待たれるのは迷惑?」
「いや!それはない」
「じゃあ、待ってるわね。一度、出待ちっていうのやってみたかったのよ」
「出待ち?」
「ええ!ハリケーンジョーを待つのよ」
「待つのよ、って・・・」
「そして、ジョーのほっぺに口紅がついてないか見るの」
「ええっ、口紅?」

なんだよそれ、と言うナインに構わず、スリーは続けた。

「だってイヤなんだもん。ジョーが誰かにチューされるのもするのも」
「・・・・仕事の一環だよ」
「それでもヤなの」

ナインはやれやれ困ったなと頭を掻いた。かといって、彼女の言葉を受け容れるわけにもいかない。
何故なら、じゃあチューはしないよと言ってみたところで本当にそうするかと問われればそんなことはなくて、ただ単なる口約束になってしまうのだから。
嘘やごまかしをしたくはない。特にスリーに対しては。

困って黙ったナインを見つめ、スリーは瞳を輝かせて言った。

「だから、ね?お迎えに行ったら、すぐチューできるでしょう?ジョーと」
「え?」
「他のひととのチューなんて忘れちゃうくらい、チューしちゃうんだから!」