恋人の日

 

(1)

 

「そんな男、忘れろよ」


スリーは目を丸くして目の前の相手をじいっと見つめた。
ギルモア邸のリビングには王子さまがいた。
その王子さまと向かい合って紅茶を飲んでいるのだ。


「あの・・・?」
「バレンタインデーに他の女性を優先するなど信じられない」
「でもお仕事だから」
「仕事だって?僕だったらきみを優先させる。どうして大事なひとをひとりにする必要がある?」


大事なひと。


ナイン以外の男性に言われるとなんだか照れてしまう。
もっとも、ナインは数えるくらいしか言ってくれたことがないから、あるいはこんなふうに面と向かって真顔で言われたら、きっと照れるどころの話ではないだろう。


「でも、ゴーチェ。ジョーは勤勉な日本人だし、仕事よりプライベートを優先したりはしないわ」
「そうだろうか。ともかく、そんな男は僕は認めない。きみの相手として」

そうして立ち上がると、ゴーチェはスリーの元にひざまづいて手を取った。

「フランソワーズ。正式に申し込むよ。その日は是非、我が国に来て欲しい」
「だってバレンタインデーよ?」
「だからだよ。恋人同士の日にきみがひとりでいるなんて我慢できない」

自分で自分の言葉に酔っているのか、だんだん熱を帯びてくるゴーチェ。
がしかし、彼の言葉を聞いた途端、スリーはすっくと立ち上がった。


「そうよね、恋人の日なんだわ!」
「フランソワーズ?」

スリーは自分の手を取り戻すと、彼方をぼうっと見つめてうっとりと言った。

「恋人の日は、恋人といなくちゃだめよね?」
「ああそうだ。だからフランソワーズ、僕と一緒に」

言いかけた王子さまにスリーは無邪気に答えた。


「やだわ、ゴーチェったら。どうしてあなたと一緒に過ごさないといけないの?恋人じゃないのに」

 

 

 

 

「へえ。見たかったな、そのときのゴーチェの顔」


深夜の電話。
昼間の「事件」をナインに報告したスリーは、彼の勝ち誇ったような笑い声がおさまるのを待って続けた。


「そうなの。私、間違ってたわ。バレンタインデーは片想いのひとのものじゃなくて、恋人同士の日だったのよ!」
「・・・ん?」
「だからやっぱり、その日は一緒にいなくちゃ駄目なのよ。だって私とジョーは恋人だもの!」
「え・・・と」
「あら、違うの?」
「いや・・・・違わないよ」