(4)
ホッペにキスをする。
どうして忘れていたんだろう。
そう、確かに去年彼はそう言っていたし、今年もそうなのだろうかと先日思い出していたというのに。
なのに、なぜすっかり失念していたんだろう?
スリーはチョコレートの入った箱をぎゅうっと握り締めた。
「あら?プレゼントはどうしたの」
隣の女の子が無邪気に尋ねる。
「ええと、忘れてしまって」
「あら、大変」
「ううん、いいの。きっと朝から緊張していたせいね」
「わかるわ、それ。私なんて昨夜から眠れなかったもの」
頬を染めて照れたように笑う女の子。
なんて可愛いんだろうとスリーは素直にそう思った。
見れば、ここに来ている女の子たちはみんな可愛い。せいいっぱいのおしゃれをしているというのもあるけれどそれだけではなく、ナインに会えるのをわくわくしながら待っている。瞳をきらきらさせて、頬を染めて。
そんな気持ちがみんなを可愛くしているのである。
――こんなにたくさんの可愛い子たちに囲まれて仕事してるんだ。
今までそんな事考えたこともなかった。
いつでもナインはナインだったし、コーヒーを飲みに来るのが当たり前、何もなくてもやって来るもんだといつの間にかそう思っていた。
――でも、そうじゃないんだわ。
本当はとても遠い人なのだ。もしも、自分たちが同じ運命を背負っているのでなかったら。
永遠に出会うこともなかっただろう。
普通に彼のファンになって、もしかしたらこういう集いに来ていたかもしれない。それこそ、「いちファン」として。
「仲間」だから、大事にされてるだけと思っていた。
「妹」扱いされているだけとも思っていた。
でも、それが全て――「好きだから」という気持ちがあったからと知ったのはごくごく最近だった。
だからもしも、「仲間」や「妹」ではなくて、もちろん「好きだから」でもなくて「いちファン」だから優しくされるのだったら、どうだっただろう?
それは彼にとっては仕事の一環に過ぎないのだろう。
それとも、それ以上の気持ちが含まれているものなのだろうか。
心が波立った。
自分では「いちファンなんだからここに来ても構わない」と思っていた。
でも。
「いちファン」としてしか見て貰えないのは――辛い事ではないだろうか?
すっかり静かになってしまったスリーを隣の女の子は不思議そうに見つめていたが、
「ほら、次よ!」
と腕をつついた。
顔を上げると、いつの間にか列は進んでおり、あと数人でスリーの番だった。
微かに頬に疲労の色があるナイン。
それでも優しい笑みは絶やさず、握手もするし頬と頬を合わせもする。
優しいナイン。
それがハリケーン・ジョーだった。
急に懐かしい思いで胸がいっぱいになった。
何日も会ってないわけじゃないのに、なのに――顔を見れたのが嬉しくて懐かしくて。
そこにナインがいるのが嬉しかった。
そしてスリーの番がきた。
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