(8)

 

翌日15日。
朝9時のギルモア邸にオープンカーが横付けされた。

降りてきたのはスリーとナイン。

「すぐコーヒー淹れるわね」
「いいよ、急がなくて」
「私が飲みたいの!」

くすくす笑いあって、そうしてスリーが先に中に入った。

「ただいま」
「あ、お帰りスリー。お客さんだよ」

困惑顔のセブンが迎える。

「お客さん?博士に?」

まあ大変、お茶菓子何かあったかしらとキッチンに向かうスリーの背をセブンの声が追いかける。

「違うよ、スリーにだよ」
「私?」

足を止めて訝しそうに見つめるスリーにセブンが何か言おうとした矢先、客人本人が姿を現した。

「おはよう、フランソワーズ」
「えっ・・・ゴーチェ?」

花束を抱えた王子様だった。

「どうしたの?今日来るって言ってなかったわよね・・・?」
「突然訪ねて申し訳ない。昨日はバレンタインデーだっただろう?薄情な男に袖にされて、寂しく過ごしたのではないかと気が気じゃなかったんだ」
「・・・それは」
「やはり強引でも僕の国へ連れていくべきだったとずっと後悔していたんだ。今からでも遅くない、行こう」
「ちょ、ちょっと待って」
「専用機を待たせてある。なに、そのまま来てくれればいい。必要なものは用意させるから」
「そうじゃなくて」
「そうだ。これ」

戸惑うスリーの鼻先に真っ赤な薔薇の花束が差し出された。甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「まあ、綺麗!」
「きみに似合うと思って」
「ありがとう」
「さあ、行こう」

スリーの肩を抱くようにして促すゴーチェ。
その目の前に影のように現れた人物がいた。

「フランソワーズ。コーヒーはまだかな」
「あ、ジョー。いますぐ淹れるわ」

ほっとしたように笑顔を見せるスリーの手から「僕が預かっておくよ」と親切そうな笑みを浮かべ薔薇の花束をもぎとったナイン。さりげなくスリーをゴーチェのプライベートスペースから自分の側に引き寄せる。

「出たな、ナイン。きみは酷い男だな。フランソワーズを悲しませてるのにそれに気付かないなんて、まったくもってフランソワーズにふさわしくない」
「フン。わかってないのはきみのほうさ、ゴーチェ」

ナインはにやりと笑うと、一歩彼の方へ踏み込んだ。

「――僕たちはたった今帰ってきたんだぜ?」
「だからどうした」
「昨日からずっと出かけていた」

ちらりとスリーに目を遣る。

「朝帰りの意味がわからないわけじゃないだろう?」
「なっ・・・!」

ゴーチェは呆然とスリーとナインを見つめた。

「嘘だろう?」
「厳然たる事実だ。――だろう?フランソワーズ」
「しっ、知りませんっ!」

ナインの腕を振り解くと、スリーは真っ赤になってキッチンへ逃げ込んでしまった。

「悪いね。僕たちはそういう仲なんだ」
「し・・・信じないぞ」
「ま、それはきみの自由だ。これから目覚めのコーヒーってのを飲むんだけどきみも飲むかい?」

薔薇の花束をゴーチェに押し付けると、ナインはそのままリビングへ入って行った。
廊下に残されたゴーチェ。薔薇の花束が悲しい。

「・・・あのさ」

セブンが申し訳なさそうに彼をつつく。

「それ、オイラが代わりに貰ってもいいよ」

 

以来、薔薇を持った王子様は二度と現れることはなかった。