「世界が平和でありますように」

 

 

 

『世界が平和でありますように』

 

スリーが短冊に書いた七夕のお願いである。
目聡い人に見つからないように――見つかるとちょっと面倒なので――気付かないであろう場所にそっと吊した。

毎年、七夕にはナインがどこからか大きな笹を調達してくる。
リビングに入りきらないから、庭に出すのも毎年のことだった。
この笹といいクリスマスのもみの木といい、ナインはいったいどこからどうやって調達してくるのか。
みんなの謎だった。

そんなわけで、今年も巨大な笹飾りがギルモア邸に出現した。


「晴れてよかったわね」

スリーはセブンと笑い合った。
セブンの願い事は笹の一番上に吊されていた。


『スイカをお腹いっぱい食べられますように』


「ま!セブンったら。お腹こわしちゃうわよ?」
「平気だよ。それにオイラの願いはもうすぐ叶うんだ」
「?」

首を傾げるスリーにセブンは笑って続けた。

「アニキがスイカを持ってくることになってるんだ」

そう言っている間にタイミングよくエンジンの音が聞こえてきた。

「きたっ。アニキだ!」

玄関前の定位置に車を止めた音がした。
セブンが待ちきれず駆け出し、迎えに行く。
スリーは今日の自分の格好を検分し、どこかおかしい所はないかと背中のほうを見たり足元を見たり落ち着かない。どうやら大丈夫そうだと息をついた時、


「やあ」


明るい声とともに、両手にスイカを持ったナインが登場した。
駆け寄るセブンにほらよっと二ついっぺんに投げ渡し、そのままスリーの前に進む。


「準備できた?」

今夜は二人で七夕祭に行くのだ。


「粋だね。その格好」

ナインが笑う。
だってお祭りだから、とスリーは頬を染めてちょっと下を向いた。

夏の夕方の外出には浴衣を着るのが好きだった。浴衣のさらさらした感触が好きだったし、それになんだかいつもより女の子らしくなれるような気がする。ほんの少しだけ。
でも今日は、それ以外にも目的があった。

「うん?どうかした?」
「ううん――・・・あの、」

何か言いあぐねているようなスリーにナインは眉を寄せた。
スリーは俯いていた顔を上げてちらりとナインを見た。様子を窺うように。
ナインは尋ねるように笑みを返す。
それに勇気づけられたのか、スリーは頬を引き締めると思いきったようにナインの腕を掴み、

「一緒に来て!」

とギルモア邸に引っ張りこんだ。

「なんだなんだ、情熱的だなあ」

浴衣姿のスリーにかなりドキドキしていたナインである。もしやこの展開は、いやいやギルモア邸でそんなはずは、と楽しい空想に頬が緩んだ。
しかし、それも部屋に入るまでだった。

「さ!着替えましょう!」

有無を言わせずナインの上着を脱がせ、スリーはやる気まんまんだった。

「着替えるって・・・何に?」
「そこに出ているでしょう?」
「え、だってそれは」

浴衣であった。

「やだよ!いいよ、このままで!」
「駄目よ、じっとしてて!」
「いいってば!」
「ちゃあんと着せてあげますからね?得意なんだから!」
「だけど、僕は」
「あら、私が着せるのじゃ不安?」
「そうじゃないよ、そうじゃないけど」
「だったらいいじゃない。ほら、じっとして」
「いやだから、僕はいいんだって」

 

 

 

そんなふたりをよそに、セブンはスイカをぱくついていた。
冷やして持って来るなんて、さすがアニキだよなあと思いながら。