今年も去年と同じように「二人で」七夕祭りにやって来ていた。
浴衣姿のスリーと甚平姿のナイン。
最初はナインにも浴衣を着せようとしたスリーだったが、思わぬ抵抗に遭いあえなく断念した。

――せっかくあれこれ準備したのに。

スリーはお揃いで浴衣を着ることができず、ほんのちょっぴり不機嫌だった。

一方のナインは上機嫌だった。
浴衣は嫌だけど甚平なら譲歩できる。何より、浴衣はそもそも湯上りの着物なのだから自分の甚平と合わせて「これこそ正しい日本の夕涼みの姿」であると悦に入っていた。

そんなわけで、ひとりは上機嫌で、いまひとりはやや不機嫌であった。

 

「・・・混んでるなぁ」

晴れたせいか人出が多かった。
ナインははぐれないようにと繋いでいる手に力をこめた。

「もうっ・・・ジョーったら。そんなに力を入れなくてもはぐれたりしないわよ」
「フン。そんなのわかるもんか。迷子になったらどうする」
「平気よ。迷子になんてならないわ」
「どうかな」
「平気です。・・・だって、手を離さなければいいんでしょう?」

くすりと笑みを洩らすスリーを横目で見て、ナインは軽く咳払いをした。

「七夕飾りばっかり見てるとぶつかるぞ」
「はい。気をつけるわ」
「ん」


そうしてそぞろ歩く人の波に紛れたふたりだった。

 

 

 

 

七夕飾りも露天商も、そろそろ消灯しようかという時間帯。
夜10時までの七夕祭りは帰り客でごった返していた。
ひっきりなしにかかる放送は、消灯せよという市役所からのお知らせと警察からの指示や帰りの電車時刻を知らせるもの。

そして――迷子のお知らせだった。


スリーはひとり途方に暮れていた。
数度目のため息をつく。

「あの。すみません――もう一度、お願いできますか?」

簡易テーブルの向こう側のおねえさんは、微笑むと繰り返した。


『迷子のお知らせです。紺の甚平を着ている島村ジョーくん。お姉さんがお迎えに来ています。この放送が聞こえたら、警察官か係員にお話してください』


「ありがとうございます」
「見つかるといいですね」

そんな会話は何度目だったろうか。

「ハーフなのね」「ジョーくんっていくつなのかしら」などなど、おねえさん同士の会話の断片が耳に入る。が、スリーはいまそれどころではなかった。
様々な音の入り乱れる中、ナインの足音を聞き分けようというのだ。
それは無謀としか言いようがないことであったが、しかし、いま彼女にできるのはそれくらいしかなかった。

 

 

***

 

 

「あっ、ジョー!」


提供されていたパイプ椅子からスリーが立ち上がると、迷子係のおねえさんたちはいっせいに顔を上げた。
みんな「島村ジョーくん」がどんな男の子なのか見たいのだ。
きっと、とっても可愛いに違いない。なにしろ「姉」も凄く可愛いのだから。

しかし。

視線の先に立っていたのは、仏頂面の男子だった。
確かに紺色の甚平を着ている。が、黒髪に黒い瞳。とてもハーフには見えなかった。

しかも――「男の子」でもなかった。

 

「捜したよフランソワーズ」
「ごめんなさいっ」
「全く。きみが迷子になったんだろう?」
「ごめんなさい。でも、いい考えだと思ったのよ」


しっかり繋いでいたはずの手が外れたのは、雑踏に押されたせいだった。
人混みに紛れてはぐれるのは簡単だった。ものの数分とかからない。途方に暮れたスリーは、考えて考えて――迷子の放送を使うことに決めたのだった。


「まあ、確かにいい考えではあったけどさ・・・」


腕を組んだまま険しい瞳のナイン。
怒っているのかと思いきや、どうもそうではないようである。小走りに寄ってくるスリーにもお構いなしだ。
何か考えているようだった。


「・・・ジョー?」

「うん?」


スリーが腕にそっと触れると、ナインがこちらを向いた。
一瞬、険しい瞳が優しくなる。

「どうかしたの?」
「うん・・・祭りの警備がちょっとね」

どうやらスリーを捜している間、雑踏警備のいい加減さが目に入ったようだった。

「あんな誘導じゃ事故が起きる」

現に自分たちも駅へ向かう人波に押されてはぐれたのだ。今までは何も起きなかった。でも、これから先も何も起きないとは確定していない。もしかしたら、今日、何か事故が起こってしまうのかもしれない。
それに気付いたからには――放っておくわけにはいかなかった。

しかし。

自分には、多くの人々を守るのと同じくらい守るべきひとがいる。その彼女を置いて――あるいは連れて――雑踏整理に手を貸すことができるだろうか。
浴衣姿のスリーに手伝ってもらうのは避けたかった。防護服姿ではないスリーはとても儚げで――ただの華奢な女の子だったから。

考え込んでいるナインを見つめ、スリーはきゅっと唇を結んだ。
そして、ナインに触れていた手を引いた。

引いた後にちょっと考えて――今度はその腕をそっと押し遣った。

「・・・気になるんでしょう?行ってらっしゃい」
「えっ、でも」
「私のことは気にしないで」
「だけど」


一緒に行く気だろうか。
そう言い出したらなだめるのは至難の技だった。
困ったなと思い始めた時、凛とした声が告げた。


「待っているから」


ナインの瞳をまっすぐに見つめてスリーは言う。


「ここで待っているから。ずっと。動かないで」


本当は一緒に行って手伝いたかった。
しかし、ナインがいま考えているのは、おそらく自分のことであることも予想がついた。
そうでなければ、さっさと現場に向かっているはずである。

おそらくナインは一緒に来て欲しくはないと思っている。――たぶん。


「・・・フランソワーズ」
「ちゃんとイイコで待ってるから」

スリーの瞳をまっすぐ見返し、数瞬の後、ナインは身を翻していた。

「――ゴメン」


その後ろ姿に小さく手を振って、スリーは知らず息をついた。

何かあるとすぐに「009」になってしまう。
それが彼であるとわかっていても、時には「009」に嫉妬してしまう。
どちらも同じナインそのひとであることに変わりはないのに。

でも。

「009」にならず、雑踏警備が気になっても見て見ぬふりをするナイン。
そんな彼は想像したくなかったし、もしも彼がそういう行動に出たら、それは。

――それは、本物のナインではない。

弱いもの、困っているひとを助け自分の思う正義を貫くナイン。
ぶれることのない彼の心。
そんな彼であるからこそ、自分は一緒にいたいと思ったし彼の重荷にはならないと決めたのだ。


だから――待っている。