「エイプリルフール・その2」
昨年、エイプリルフールにセブンがナインに「だいっきらいだ」と言った。 もちろん嘘である。 が、ショックを受けた様子のナインに彼のセブンに対する思いの深さを見たような気がしたスリーは今年は自分もやってみようと思っていたのだった。 しかし、いざ「嘘をつく」となると、中々舌が滑らかに動かない。 「ジョーなんてだいっきらい」 これでは「エイプリルフール」と気付いてもらえなかった場合、ちょっとまずいことになってしまう。 スリーは慌てて後を追った。玄関で追いついた。 ナインのブーツは紐を締めるタイプだった。 しかも。
しかも相手はナインである。スリーのつくような嘘などすぐに見破ってしまうだろう。
問題はタイミングである。昨年のセブンは、ナインがいつもコーヒーを飲みにやって来る朝を狙った。
だから今年はその時間帯は避けなければならない。きっとナインも警戒しているからである。
そこでスリーは考えて――ナインがコーヒーを飲み終わって、じゅうぶん寛いだ「あと」にすることにした。
コーヒーを飲み終わって、さてそろそろ出かけようかと立ち上がったその背に放ったひとこと。
おそらく、少し唐突過ぎただろう。
ナインは微動だにせず、顔だけをこちらに向けた。そして。
「――あ、そう」
と言った。
それっきり何も言わず、スタスタ歩いていってしまった。
「え。あ」
なーんてね、嘘よ
と、続けて言うはずが言えなかった。
大体、ナインに向かって嫌いと言うのは大変な勇気が要るのである。事実と違うからだ。
「ジョー、待って」
ナインは何も言わない。玄関に座り込み、ブーツを履いている。
「あの、今のは」
今のは嘘だから――と続けようとして、スリーは飲み込んだ。
ナインの様子がおかしいのだ。
「……ジョー?」
声をかけるとナインの肩がびくんと揺れた。
「あの、……どうしたの」
「何が」
「だって、ブーツ……」
「うるさいな。紐がからまってるだけだ」
「え、でも」
それが、なぜか全く結べてない。否、結ぶそばから緩んでしまって何度もやり直している。
指が震えている。
「あの、ジョー、さっきのことだけど」
「何だ」
「あのね。今日はエイプリルフールでしょ。だからその、…………嘘、だから」
その瞬間、ナインはあっさりと紐を結んでいた。
そうしてすっくと立ち上がると、振り返って勝ち誇ったように言い放った。
「ふん。知ってたさ、それくらい」
目が合った。
「…………ごめんなさい」
「何故謝る」
「だって、……ちょっと怒ってたみたいだから」
「ふん。怒ったふりさ。なにしろ今日はエイプリルフールだからなっ」
次の瞬間、スリーはナインの腕のなかに捕えられていた。
「――僕は演技派じゃない。来年はするな」
少しの罪悪感と少しの自己嫌悪。やはり嘘をつくのは楽しくなかった。
「ええ。もうしないわ。――だいすきよ、ジョー」
本当のことを言うほうが楽しいに決まっている。
「ウン――知ってる」