「三時のおやつ」

 

 

「紅茶のケーキをコーヒーで食べるなんて、何だか変よね」

ギルモア邸のリビングで、ナインとスリーの二人はテーブルを挟んで向かい合っていた。
テーブルの上にはケーキとスリーの淹れたコーヒーが載っている。

「本当にコーヒーで良かったの?」

スリーが軽く小首を傾げてナインを見つめる。

「そういうきみこそ、紅茶じゃなくていいのかい?」
「ええ。紅茶はさっき飲んだから」

スリーはナインと一緒にコーヒーを飲むのは好きだった。
上質なコーヒーの香りと、大好きなナインの笑顔。
好きな人のそばにいられる大切な時間。

「ふうん。まぁ、僕もさっき飲んだからね」

やっぱりスリーの淹れたのが一番美味しいな――と思いながら、カップを傾ける。
そうして、ケーキをつつくスリーの手元を見るともなく見つめて。
ひとくち大に切り取られたケーキは、スリーの可愛い唇のキスを受ける。

「ん。美味しい」

にっこり笑んでこちらを見つめる彼女とまともに目が合ってしまい、ナインは微かに頬を赤らめた。

「ね。ナインも食べてみて。すっごく美味しいんだから!」

スリーが見守る中、ケーキを口に運ぶ。

「――本当だ。美味しいね」

こちらもにっこり笑ってスリーを見つめた。
美味しいケーキには、二人を笑顔にしてしまう魔力があるのだった。

ナインを見守っていたスリーは、ナインの不意打ちのような笑顔に頬を真っ赤に染めた。
けれども、こうして優しい笑顔のナインと二人でケーキを食べるのは嬉しかった。

――まるで恋人同士みたい。

先刻までの、店での仏頂面とは全く違うナイン。
いつものように、優しく見つめるナイン。
僕はやっぱりこのコーヒーが一番好きだなと言うナインの声を遠くに聞きながら、スリーはどこか夢心地だった。

「僕はスリーの淹れたコーヒーじゃなくちゃ駄目なんだ」
「えっ、そうなの?」
「ウン。だからさっきの店でも飲まなかった」
「でも、そんなの不便でしょう?」
「まあね。スリーと一緒じゃ無い時は、我慢するしかないさ。でも、そのあとで必ずスリーのコーヒーを飲みたくなってしまうけどね」
「でも、コーヒーを淹れるのに何も特別なことはしてないのよ?」

苦笑するスリーを見つめ、コーヒーをひとくち飲む。
彼女の淹れたコーヒーは、もちろん美味しいから大好きだったけれど、何よりそれを飲んでいる間は彼女と一緒にいられるのだ。
ナインにとって、それは大切な時間だった。
だったら、さっさと気持ちを伝えてしまえばいいのに、もしそれを言ってしまって今のような幸せな時間が失われたらと思うと踏み出せないでいた。
彼女の態度から、おそらくスリーは自分を憎からず想ってくれているだろうという確信はある。
だからこそ、今更、言葉に出して気持ちを言わなくてもいい――とも思うのだった。
今までの自分の行動と、それに対するスリーの言動を考え合わせると、自分たちははっきり言葉にしていないだけで、既に恋人同士なのではないだろうかとも思えた。

コーヒーを飲み干したナインを見つめ、スリーは優しく言った。

「おかわり淹れましょうか?」
「ん。ああ、頼むよ」
「ナインって本当にコーヒーが好きよね」
「ウン。好きな子が淹れてくれるなら、ね」

口が滑ったと内心動揺しているものの、表面上は平然とした態度を崩さず、ナインはじっとスリーを見つめた。
が、スリーは一瞬顔を曇らせた。

「――おかわりを淹れてくるわね」

表情が暗いまま立ち上がると、そのままキッチンに向かった。

 

***

 

――あれ?

・・・聞こえなかったのかな。

それとも・・・スルー?

ナインは腕を組むと首を傾げ――数分後、大きく頷いた。

――そうか。
やっぱり、今更言ってもあまりにも当たり前過ぎるんだ。だからスリーは何も言わなかった。うん、そうに違いない。
今までそういう台詞を言っても、スリーは全く動じていなかった。それはおそらく「今更?」という気分になるからなのだろう。
・・・女の子って難しいな。

椅子の背もたれに身を預け、ナインは天井を見つめた。

・・・スリー。

フランソワーズ。

僕がこんなにきみを想っている事を、きみはちゃんと・・・知っているんだよね?

 

***

 

キッチンで新たにコーヒーを作りなおしながら、スリーの気持ちは沈んでいた。
先刻までのウキウキした気分が一気に地底まで下降した。

好きな子が淹れてくれるコーヒー

それを飲むのが好きだと、ナインは言った。

――好きな子。

ナインの好きな女の子。
その人が淹れるコーヒーは全然違うのだろう。私が淹れるものとは全く。
だってナインが私の事を好きだと言うのは、それは私が彼にとって「仲間」であり「妹」であり、「守るべき存在」であるからに過ぎないのだ。
対等ではない「保護すべき存在」。その愛情はむしろ家族愛に違いなかった。

ナインの好みのコーヒーを淹れる人ってどんな人なんだろう?

コーヒーをカップに注ぎながら思う。

ナインは私が淹れるコーヒーも好きだと言ってくれるけれど。
でも――何だか悲しい。

彼の台詞のひとつひとつから、いつも――嫌でも思い知らされる。
「きみを好きなのは仲間としてだよ」そう確認するかのように。
もしも自分たちが恋人同士に見えたとしても、実際の関係とは程遠いのだ。

私は、彼にとって手のかかる妹にすぎない。

でも、私は――

 

――「お兄ちゃん」は、いらない。