「ハートのAは誰のもの」

差し出された2枚のカードをじっと睨み、ナインは手を伸ばした。
向かって右側のカードに手をかけると、拒絶するかのように身を引かれ、カードの端が指先から離れた。
小さくため息をつくと、左側のカードに手をかける。
今度は抵抗なくカードを引けた。――引かされた、と言うべきか。
そのカードは確認するまでもなく、間違いなくジョーカーだった。
自分の持っているスペードのAと混ぜて、そうして一枚ずつ自分の左右の膝の上に伏せて置いた。
目でどちらか引くように促す。
対するスリーはちらりとナインを見つめ、さっと彼の右膝に置かれたカードを取った。
そうしてにっこり笑う。
ナインは再びため息をついた。残ったカードを見なくてもわかる。
彼女が引いたのはジョーカーなのだから。

 

     

今日はギルモア邸で留守番だった。
博士とイワンとセブンが出かけており、本来ならスリーが一人残っているはずだったのだが、それでは心配だからとナインも一緒に留守番をすることになった。

最初はあれこれ他愛もないおしゃべりをしていたものの、徐々に手持ち無沙汰になり、どういう経緯か二人でトランプをすることになった。
二人で神経衰弱をして、二人で七並べをして、そして――二人でババヌキである。

二人でババヌキってどうなんだろう?と思いつつも、スリーが楽しそうだったのでナインはこうして付き合っているのだったけれども。

「フランソワーズ。これじゃあ終わらないよ」

スペードのAをひらひらさせて訴える。が、スリーは頬を膨らませて怒ったように言い返す。

「だって、これ持っていたいんだもの」
「だったら僕がジョーカーを引くから、君はスペードのAを引けばいいだろう?そうすれば、手元には君のと併せてAがペアになるわけでゲームを終わらせられる」
「だって、2枚揃ったら捨てなきゃいけないのよ?」

そんなの嫌よ、と唇を尖らせる。

「嫌よ、って言ったって・・・」

何しろ残り3枚になってから30分近く経つのだ。
スリーは必ずジョーカーを引くし、ナインにもジョーカーしか引かせない。

「終わらないじゃないか・・・」

ナインはため息をつくと、持っていたスペードのAをテーブルに置いてマグカップを取り上げた。
すっかり冷めてしまっているコーヒーをひとくち。

「――いったい、フランソワーズが持っているのは何」
「ハートのAよ」
「ふうん。一体、それのどこが」

どこがそんなに気に入ったんだい?と続けようとしたナインはスリーに遮られた。

「だって、これを持っていると恋が成就するのよ!」
「あ、そ。・・・って、えっ?何だって?」
「だから。恋よ、恋。ジョーったら知らないの?」
「し――」

知ってるも何も。恋が――何だって?

「これを持っていると好きなひとと思いが通じるのよ。離れ難いわ」
「離れ難いわ、って・・・そんなこといったら、トランプ遊びなんかできないじゃないか」
「だから、我慢して遊んでいたのよ?」
「・・・我慢・・・」
「でも、せっかくこうして手元に残ったのだもの。きっと何か意味があるのよ!」
「・・・意味、ねぇ・・・」

ナインは、いったい彼女はどこの誰との恋の成就を願っているのやらと思いながら、再び自分のカードを手に取った。
スペードのA。
おそらく、ナインが次に「引かされる」のは、やはりジョーカーなのだろう。そうして延々と終わらないババヌキ。
それに付き合うのも楽しそうだったけれど、スリーの差し出す2枚のカードを見つめ、それからスリーを見つめて言った。

「ねえ、フランソワーズ」
「なあに?」
「君のハートのAだけどさ。早く僕のスペードのAと一緒にしてやらないと可哀相だと思わないかい?」
「えっ。どうして?」
「その二枚は恋人同士なんだよ。知らなかった?」
「え・・・ええっ!?」

思わず自分の手のなかのハートのAとナインのカードを交互に見つめる。

「そうなの?」
「うん」
「知らなかったわ!」
「だからさ。君の恋がどうこう、っていう前に、まずカードを一緒にしてあげたほうがいいんじゃないかなぁ」
「・・・本当にそうね。じゃあ・・・はい」

ナインに選ばせることなく、スリーは彼にハートのAを差し出した。
ナインはそれを受け取ると、自分の持っていたスペードのAと一緒にしてテーブルに置いた。
やっと長かったババヌキが終わった。

「さあ、これで君の恋も成就するよ」

しかし。

「あら、ジョーったら何を言ってるの?」

きょとんとした顔のスリー。

「私の恋はとっくの昔に成就しているのに」
「――え。だってさっき・・・」
「それとも、思いが通じていると思っていたのは私の勘違いなのかしら」

悲しいわと言って俯くスリーはとても冗談でやっているとは思えず、

「え。それって」

ナインが思わず腰を浮かしかけると、しんみり語っていたスリーの顔が上がった。
髪の影から、ちらりと微笑む。

「そんなことないわよね。――ね?ジョー」
「――う、」

うん・・・

なんだかモヤモヤしたすっきりしない思いに包まれるナイン。

――からかわれている。いや・・・遊ばれているのか?

ハートのAが必要なのは、自分のほうかもしれない。と思うのだった。