「食べてみて」
「えっ?」

話の流れがわからない。

しかしそれでも、ナインは周囲を窺うように見回してから、スリーの差し出すスプーンを口に入れた。
甘かった。
甘いのはそんなに得意ではない。
けれども、そんなナインの前に、続けて二口目が差し出されたのだった。

「・・・」

仕方なく口を開ける。
何とか飲み下すと、更に三口目のスプーンが待っていた。
さすがにちょっとこれは、とスリーの顔を見る。が、スリーはにっこり笑ってスプーンを差し出し促すのみ。
仕方なく口に入れた。

「美味しい?」
「甘い」
「でも、半分こするのっていいでしょう?」

ナインは次のスプーンがこないよう願いながら、紅茶を口に含んだ。冷めているし香りも飛んでしまい、殆どただのお湯のような感じではあったが、とりあえず口の中の甘さを消すことだけはできた。

「私、嫌じゃないわよ?」

ポツリと聞こえたスリーの声に、思わずむせそうになる。

「え、フランソワーズ、そ」
「嫌なんて言ってないわ。だって・・・半分こするのって嬉しいもの」
「半分こ?」

いったい何を言っているのだろう。

「そうよ。半分こ」
「何が」

何を?

「色々、よ」
「色々・・・?」

 

そう――スリーは思い出したのだ。
大事そうに抱えられて眠った夜のことを。

自分のことを心配していた真剣な瞳。
大丈夫だとわかった時の、心からほっとしたという感じのナインの顔。

あの日の朝、どうして泣いてしまったのかやっとわかった。

あの日。
自分がどのくらい大事に思われているのか、大切にされているのか、本当にわかったからだった。
それが嬉しくて――今までナインを思って不安になったり悲しくなったり、諦めようと思ってできずに辛かったこと、全てを思い出して、そして、このひとを好きで良かった。これからも、たぶんずっと好きだと――思ったのだった。
そんな想いが混じり合って、でてしまった涙だった。

だから。

ナインが彼女の身体のことしか考えていないわけがない。
もちろん、無理強いしたり、嫌がることをするわけもない。
たぶん――自分の気持ちをたくさんたくさん、考えてくれるだろう。

だから。

何も心配することはない。不安になることもない。
そう、わかったのだった。

 

 

一方、ナインも思い出していた。
思い出して――紅茶にむせて、水の入ったコップを掴み損ね、ひとりで大変なことになっていた。

――半分こ。

あれは。

確か――

 

「フランソワーズ。いい?我慢しないで。痛くないように頑張るけど、でも、痛かったら、その痛いぶんを僕に返して」
「・・・返すって・・・?」
「うん。ほら、こうして僕の腕を掴んで――そう。痛かったら、思いっきり力を入れて。爪を立てても何してもいいから」
「でも」
「僕は平気だから。痛いのを半分でも僕に分けて」
「半分・・・」
「そう。半分」
「半分こするの?」
「うん。半分こするんだよ」

翌朝見つけた腕に残る爪の跡も、背中の引っかき傷も、全てが愛おしかった。
髪の毛一本から細胞ひとつひとつに至るまで、全て――取り込んでしまいたいと思った。

 

 

「まあ。ジョーったら、大丈夫?」

スリーが腰を浮かせ、おりぼりでナインとテーブルを拭く。

「え、あ、いいよ。大丈夫」

スリーからおしぼりを受け取って自分で拭く。

「ヤダ、それ濡れてない?」
「えっ?」

傍らに置いてあった封筒。宿泊券の入った。
ナインが慌ててつまみあげる。

「うん。間一髪ってところだ」
「良かったわ」
「心配しなくても、濡れたから使えなくなるってことはないぞ」
「うん。そうなんだけど、でも・・・」

ぱあっとスリーの頬が朱に染まる。

「・・・楽しみだから」

一瞬、ナインの心臓が跳ねた。
先刻までの、どこか思い悩んでいたようなスリーはもういない。いつものように、可愛く笑う彼女だった。

「うん。・・・楽しみだね」