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「なんだい、朝から機嫌が悪いなあアニキ。いったい何があったんだい?」
いつものようにギルモア邸へ朝のコーヒーを飲みにやって来た。
が、僕は朝からすこぶる機嫌が悪かった。
フランソワーズがコーヒーの用意をするためキッチンへ行ったあと、僕はセブンにだけ打ち明けることにした。
「実は、嫌な夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ」
思い出しても気分が悪くなる。
「夢ってどんな?」
「・・・フランソワーズが死ぬ夢」
「ええっ!?なんだよそれ、縁起でもないなあ」
「だろう?まったく、嫌になるよ。目の前でフランソワーズが倒れているのに僕は何もできないんだ」
「なんか嫌な感じだね。正夢ってことはないだろうね?」
「変なこと言うなよ」
「だって気になるじゃないか」
まったくセブンの言う通りだった。
もしもこれが何かの前触れなのだとしたら?
「・・・フランソワーズには言わないほうがいいな。いたずらに恐怖心を植えつけるだけだ」
「そうだね。縁起でもないし、僕たちが気をつけていれば大丈夫だよ」
「そうだな」
僕はセブンと頷きあった。
が、しかし。
「・・・でもさ、アニキ。スリーにそれとなく話して気をつけるように言わなくていいの?」
「なぜ?」
「だって本人が気をつけるにこしたことはないだろう?」
「いや、駄目だ」
こんな話をしたらきっと彼女は怖がるだろう。
ただの夢の話なのに。
「うーん、でもさあ」
セブンが口を尖らせるのを睨んで制する。
そこへコーヒーとともにフランソワーズが入ってきた。
「なあに?何のお話?」
「別に」
言うなよ、とセブンを睨んだままコーヒーを受け取る。
「ジョーったら怖い顔。セブンもいったいどうしちゃったの?ケンカ?」
「違うよ、アニキの夢の話さ」
「夢?」
「セブン!」
きょとんと見つめるフランソワーズは屈託無くセブンに笑いかけた。
「なあに、聞きたいわ」
「駄目だ、言うなっ」
「いいじゃないか、スリーだって知る権利があるよ。当事者なんだから」
「当事者?」
軽く首を傾げて僕とセブンを交互に見るフランソワーズは何て可愛いんだろう。
「・・・勝手にしろ!」
僕はふいっと視線を逸らせ、ふたりが視界に入らないよう反対側を向いてコーヒーカップに口をつけた。
「なあに、どんな夢だったの?」
「アニキがさあ、怖い夢を見たんだって」
「怖い夢?」
怖い夢とは言ってないぞ。嫌な夢を見たと言ったのに勝手に脚色するな。
「まあ!ジョーが怖いって思う夢ってどんなのかしら」
「スリーが死んじゃう夢だよ」
「えっ・・・私?」
途端に不安そうになる声。
ああもう、だから言ったじゃないか。
「そうなんだよ。だから、スリーも気をつけたほうがいいよ、ってそういう話・・・スリー?どうかしたのかい?」
泣かしたな、セブン。覚悟しろよ。僕はフランソワーズを泣かせるヤツは許さないんだからな。
僕はカップを置くと立ち上がった。
目はセブンを捉えたまま。
泣いているであろうフランソワーズをちらりと見て――
――見て、驚いた。
なんだ?
泣いてないし、・・・赤くなってる。
「・・・フランソワーズ?」
我ながら間の抜けた声だったと思う。
だってフランソワーズは僕の想像の範疇を超えた反応をしていたから。
こんな話をしたら、怒るか怖がるか泣いてしまうかのどれかだと思っていたから、赤くなっているなんて事態は全くの想定外だった。
「・・・やだわ、ジョーったら・・・」
「え。あ・・・ゴメン。変な夢を見て」
何で謝るのかわからないけれど、とりあえず謝った。
「ううん。その、・・・この話はほかではしないでね?」
「うん?ああ、まあ・・・そのつもりだ」
ほかでするわけがない。
「だってその、・・・恥ずかしいから」
恥ずかしい?
「だって・・・」
フランソワーズはしばらくもじもじと手を握り締めていたが、僕の様子を窺うように顔を上げると小さく言った。
「・・・夢の解釈でね、誰かが死んじゃう夢っていうのは、そのう・・・夢を見たひとがその夢に出てきたひとのことをとってもとっても大事に思っているっていう意味なの」
ええっ?
縁起の悪い夢じゃないのか?
「その、大事すぎて、いなくなったら困る、っていう・・・意味」
「!!」
僕は瞬時に顔から火を吹いた。比喩じゃないぞ、絶対に発火したはずだ。
そのくらい恥ずかしかった。
なんなんだよこれは。
僕はソレと知らずにフランソワーズに熱い思いを告白してたとそういうわけか?
「・・・ね?ジョー。その、・・・嬉しいけれど、でも・・・恥ずかしいから言わないで。ね?」
い、言うもんかっ。
金輪際、誰にも言うもんかっ。
って・・・セブン、何をにやにやこっちを見てる!
「へへん。アニキ真っ赤だよ?」
うるさいっ。
「駄目よ、ジョーをからかわないでセブン」
「だあーってさ。こんなに真っ赤なアニキって見た事ないよ」
「いいの。ジョーをからかったら怒るわよ?」
「スリーが怒ったって怖くないさっ」
「あら、怖くなれるわよ?ジョーをいじめるひとは私が許しませんからね」
「だってさ、アニキ。熱いねぇ」
「うるさいっ。帰る!」
げらげら笑うセブンの声を背に玄関に向かう。
靴を履いていると、フランソワーズがやって来て、そして――僕の手を引いた。
「ジョー?もう帰るの?」
「ああ」
「いま来たばっかりなのに」
いられるもんか。
「顔、赤いのに」
うるさい、構うな。
「嬉しいのに」
「えっ?」
「夢って無意識だから、その・・・ジョーの気持ちが見えたみたいで」
「ああ。丸見えだな本当に」
「・・・いつも見えないもんね?」
「そうかな」
「そうよ。いつも私ばっかりで、・・・片思いみたいだから」
いったい何を言い出すのだろう。
片思いのわけがないだろう?
「だから、私」
「――いいのか、フランソワーズ」
「えっ?」
「僕は本当はそういう男だ」
きみをいつもいつも独り占めしたくて、どこかにしまっておきたくて、でもどこにでも連れて歩いて見せびらかしたくて――
けれどもフランソワーズは背を向けたりも困ったような顔をしたりもしなかった。
ただ僕の肩におでこをつけて、
「――そういうジョーがいいわ」
と言った。
「そういうジョーが、いい」
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