きょとん。とした瞳で見つめられた。

「いいから、つかまれよ。その靴で転んだら目もあてられないぞ」

そうして、再度腕を差し出すと、おずおずと僕の肘につかまった。
そう、それでいい。
もっとも、君が転ぶなんてことは有り得ないけどね。僕がいる限り。
――なぜかって?そんなの決まってる。転ぶ前に受け止めるのさ。

 

今日はデートだった。

彼女がずっと前から観たいといっていたオペラのチケットを苦労して手に入れたのは半年前。
そして今日、ここオペラ座に観劇に来ているのだった。――日本から。彼女とふたりきりで。

パリのオペラ座。
当然の如くドレスコードも厳しい。
だから僕はいつもよりマジメに服を選び、そうしてスリーを迎えに行った。
そして、現れたスリーを見て息を呑んだ。
彼女は普段とは全然違っていた。
もちろん、普段から彼女は可愛いのだけど、今日の彼女は更にキレイで――僕は、そんな彼女を独り占めできることを神に感謝した。――大袈裟じゃないぞ。
そして、ここは日本ではないのだから、きちんとエスコートしなければと腕を差し出した訳だった。

 

僕の腕につかまって歩くスリー。僕はいつもよりゆっくり歩いた。彼女が踵の高い靴を履いているというのもあるけど、何より僕は――彼女を見せびらかしたかったのだ。
こんなに可愛くてキレイなスリーを連れて歩いていいのは僕だけなんだぞ。
どうだ、うらやましいだろう・・・ってね。
ただひとつ不満といえば、このエスコートの仕方はないよなぁということ。
正式なエスコートの場合は、彼女の背中もしくは腰に腕を回し、向こう側の彼女の肘に手を添えるのだ。
最初はもちろん、そうしようとした。
でも。
おそらく、それをするとスリーは驚くだろうし、何より・・・怖がられるのも嫌だった。
いきなりそんな大人っぽいことをしても彼女はおそらく受け容れがたく拒絶反応を示すのに違いなかったから。
だから、腕を差し出すというかなり略式のエスコートとなった。
不満だったけれど、隣のスリーを見る限りでは――頬をばら色に染めて、楽しげに何か喋っているので――嬉しそうだったので、ヨシとした。

それにしても、今日の彼女は本当にキレイだった。
ずっと見ていても飽きない。
いや、むしろずっと見ていたい。
だけどそういう訳にもいかなかったから、僕は気を引き締め、ただひたすらスリーのエスコートに務めた。

 

***

 

席の確保より、先に飲み物を調達してくるべきだったかな。
飲み物カウンターの混雑具合を見てため息をつく。

オペラの幕間。ホワイエに溢れる人々。

僕はソファのひとつを確保しスリーを座らせ、その後に飲み物をとってくる算段だったのだが、その思惑はあっさりと反古にされた。
――でも、まぁ、いいか。
ホワイエに溢れる人々を見て、少し自分をなぐさめる。
うん。やはり席を確保して良かった。置かれているソファの数は限られているから、当然の如く立ったままの人が多い。だけど僕は、ハイヒールを履いた彼女を立たせっぱなしにするなんてできなかった。
足が痛くなったらどうする?――かわいそうじゃないか。

 

「――でしょ?ジョー」

え、何?

見るとスリーが軽く唇を尖らせていた。

「寝てたでしょ、ジョー」

そんな顔されても可愛いとしか思えないけどね、僕には。

「寝てないよ」

だからつい、からかってしまう。その可愛い表情をもう少し見ていたくて。

「ウソ。絶対に寝てた」
「寝てないってば」

すると唇を尖らせたまま自分の右肩を示し、何と僕のヨダレがついていると言い放ったのだった。

ヨダレ?僕の?――まさか。

だけど確かに寝てはいたから、信じられないけれど僕のヨダレなのかもしれなかった。

「ゴメンゴメン」

怒った彼女も凄く可愛くて、僕は彼女の肩に手をかけたままその耳元で小さく囁いた。
途端に耳まで赤くなるスリー。
・・・可愛いなぁ。
君ってどうしてこんなに可愛いんだろう。
それは既に罪ですらある。何しろ僕は、君から目が離せなくなってしまっているのだから。

ちりん。

開演を知らせるベルが響く。

僕はスリーの手を取り立ち上がらせ、そのまま座席まで手を離さずに連れて行った。

 

 

ねえ、フランソワーズ。
僕は君しか見てないよ。
何しろ、今日の君は本当に可愛くてキレイなのだから。

だから、・・・オペラを観ながら寝てしまったのだって、さっき言った通りだよ?

 

――君のそばにいると気持ちがいいんだよ。甘えたくなる。

 

だけど後半は寝ないように頑張るよ。君が怒るからね。
ただ、・・・ちょっとだけまた肩を借りてもいいかな。
君に触れていると――安心するんだ。君はちゃんとここにいると思っていられるから。
いまこの瞬間が僕の――僕だけが見ている夢じゃないと信じられる。目を開けたら君が消えているんじゃないかという不安から逃れられる。

本当は、ずうっと手を繋いでいたいんだけどね。

それはこの次にとっておくよ。

そうして僕は彼女の肩に頭を預け、目を閉じた。