「ただの友達」
イワンの着るベビー服を新調するため、僕とフランソワーズはベビー服売り場へやってきていた。 が、すぐに笑顔で続けた。 「予定日ってなんの」 ちらりと僕を見る店員。その瞳に微かに憐れみが混じっているように見えたのは気のせいだろうか? 「ええと、これとこれに決めたのでっ」 フランソワーズは先刻まで、どっちにするか悩みまくっていた二着を同時にお買い上げした。 店員にカードを渡し、しばし待つ。 知るか。 「……予定日って聞かれたでしょう。なんのことか知ってる?」 大体、なにかの予定を聞かれただけで何故あんなに慌てたのか理解不能だ。急に早口になってたし。 「こういう場所で予定日って言ったらそれは……出産予定日、よ」
平日の午後だからか客はまばらで、僕たちはゆっくりと買い物をすることができた。そのせいか、選ぶのに妙に熱心になってしまっていたのだろう。声をかけられるまで店員の存在に気付かなかった。
「お子様にですか?」
えっ。
僕とフランソワーズが同時に顔を上げた。
たぶんふたりともきょとんとしていたのだろう、一瞬店員は驚いたような表情をした。
「予定日はいつ頃ですか?」
予定日?
僕が首を右に傾げたのと隣のフランソワーズが急に慌てたのが同時だった。
「あ、違うんです。そういうのじゃなくて、あのその」
言いかけた途端、ジョーは黙っててと言わんばかりに軽く突き飛ばされた。
悔しいから大げさによろけてみせた。が、フランソワーズは僕のことなど眼中になかった。
「このひとはただのお友達で、今日は親戚の子のお洋服を選びに来ただけで」
「あ、そうなんですか。お似合いなのでてっきり」
「ええ、本当にただのお友達なので、その、予定日とかそういうのは全然っ」
「まあ、そうですか」
知らないぞ。予算オーバーだろうが。僕には関係ないけど。
「……あの、ジョー」
「島村くんと呼べ。僕は友達なんだろう」
「……お友達でも名前で呼ぶわよ?」
「さあな」
フランソワーズはちょっと言いづらそうにもじもじすると、小さな声で僕に言った。
しゅっ……さん?
「私たち、おなかに赤ちゃんがいる夫婦って思われたの」
ものには心の準備というものがある。
もちろん、いつの日か僕と彼女の間にそういう時がやってくるのかもしれない。しかし、いまはまだその日のずうっとずうっと前段階である。なにしろ婚約だってしていないしそんな話も出ちゃいない。
「ジョー、だいじょうぶ?」
顔が真っ赤よ――という声が遠くに聞こえる。
ああ、だいじょうぶだとも。軽い眩暈と耳鳴りと動悸がするくらいだ。なんともないさ。
客観的にみれば僕たちはそう見えるのだという事実に、初めて気付いた午後だった。