「FU-JI-TSU」
それは、ジョーと一緒に街を歩いている時だった。 「あ。ねぇ、ジョー。あそこのカフェがいいわ」 可愛いお店を見つけたから、指差してジョーの腕を引いた。 「うん?・・・ずいぶん少女趣味だなぁ」 私がねだるようにジョーの腕を揺らすと、ジョーはしょうがないなぁと言って笑った。 お店の前まで来てドアを開けようとしたら、出てくるカップルと行き会った。 私はジョーの腕に手をかけたまま固まった。 「・・・すみませんが、誰かと間違えてませんか」 ジョー、何を言ってるの? 「え、でも・・・ジョー?だって、私たち」 ジョーは視線を逸らすと私の肩を抱くように腕を伸ばして、店内へ促した。 でも。 一瞬後には彼女は向き直り、そして――振り返ることなく行ってしまった。 *** 向かい合って座って、オーダーをしてからも何だか話しづらくて私は黙ったままだった。 だから私もにっこり笑った。 ジョーが言うことなら私は信じる。
さっき見た映画の感想を話しながら、どこかでお茶でもしようかと適当なお店を探していた。
「いいじゃない。可愛いもの。ね。入らない?」
「あそこがいいのかい?」
「ええ。ね、ジョー」
脇に除けて先に通そうとした時だった。
出てきた女性がジョーを見てほんの微かに瞳を見開いて――そして。
「ジョー!久しぶりね」
えっ?
どう見ても日本人なのに。
彼女はあっさりとジョーの名前を呼んだ。島村くん、ではなくて、ジョーと。
なんだか胸にもやっとした黒いものが広がる。
このひと――ジョーのどんな知り合いなの?
「元気だった?」
古い――知り合い?
親密そうな雰囲気に、私は思わずジョーの腕をつかむ手に力を入れた。
えっ?
だってこのひと、あなたの名前を呼んだじゃない。
「確かに僕はジョーという名前です。が、・・・申し訳ありませんが、僕はあなたのことを存じ上げません」
対する女性は驚いた顔をしたまま何も言えない。
その彼女の背後から、彼氏らしい男性がどうしたの?と問うた。
「すみませんが、誰かと間違えていらっしゃるのでしょう。――フランソワーズ、行こう」
私は思わず肩越しに振り返り――その女性と目が合ってしまった。
ジョー。
いまのひと、本当は知ってるひとなんでしょう?
そう訊きたいけれど、でもどんな知り合いなのか――私は本当にそれを知りたいのか知りたくないのか――わからなくて、結局何も言えなかった。
「・・・フランソワーズ」
思わず肩が揺れた。
ジョーは今の経緯を説明するつもりだ。
――聞きたくない。
「さっきのひとだけど、本当に知らないひとだよ?」
「でも・・・ちゃんとあなたの名前を言ったわ」
「うん。それが不思議なんだよな。よく自分に似た人は3人いるっていうけど、そのなかで名前も同じっていう確率はどのくらいなんだろう。凄いよなぁ」
「・・・本当に知らないひとだったの?」
「うん。全然、見た事もないから、びっくりしたよ」
「・・・そうなんだ」
「うん」
ジョーはにっこり笑った。
ジョーがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
ジョーが私にそう思って欲しいと願うなら、私はそう思う事にする。
きっと、それでいい。