「おやすみのキス」

 

 

「おやすみのキス」が当たり前になったのは、いつからだっただろう?

当たり前に・・・と、いうか。夜に別れる時の挨拶としての、おやすみのキス。
彼女にとっては当たり前でも、日本人である僕には全く馴染みがないものだった。

 

「じゃあ・・・オヤスミナサイ」

軽く頬に触れる唇。
彼女のキスは、いかにもキスですというようにちゅっと小さな音をたてる。

「ああ、おやすみ。腹、冷やすなよ」

なんだか照れ臭くて茶化してしまうのはいつものこと。

「もー!ナインったら、また子供扱いして!私はそんなに寝相が悪くありません」

頬を膨らませて怒るスリーもいつものこと。

そんなやりとりをして、僕は背を向けるのだ。いつも。
・・・けれど。

確か・・・「おやすみのキス」って、「お返し」もありだったよな・・・?

そんなわけで、今夜の僕はそれを実行しようと密かに心に決めていた。
場所はおでこ。
前髪をかきあげて、現れた額にキスを・・・

僕は、スリーの腕を掴んで引き寄せ、そして前髪に手を伸ばした。

「・・・ナイン?」

どうしたの、と澄んだ蒼が見つめる。

澄んだ蒼。

僕の好きな。

・・・・・。

 

 

結局、僕からのおやすみのキスは彼女の額ではなく、彼女の髪に落ち着いた。

我ながら、これってどうだろうと思う。
でも、当のスリーは真っ赤になっていたから、やっぱりこれで良かったのかもしれない。

それにしても、自分からするのは平気なくせに、他人からだと真っ赤になってしまうスリーはなんて可愛いんだろう。ちょっと困ったようなその顔が可愛くて、僕は彼女を困らせるのも好きなんだなあ・・・と自覚した。
可愛いスリー。

「おやすみのキス」は、やっぱり君からだけにしておくよ。

僕からのは・・・いつか「おはようのキス」で返すから。