「――ちょっと待って」
車は小高い丘の上に停まっていた。 会話が途切れて、私はそんな事を考えていた。ひとりの世界に浸ってしまっていた。 肩を抱かれた。 そうして、頬を寄せてきて―― 思わず彼の顎を手で押し返していた。 「ごめんなさい、私、そんなつもりじゃ・・・」 そんなつもりじゃなかった。 そんな意味があるとは思わなかった。 「――参ったな」 そう言いつつも、じっと見つめてくる目が何だか怖くなって――慌ててシートベルトを外そうとしたけれど、手が震えてうまく外せなかった。 「・・・降りる気?――いいけど、ここで降りたってひとりで帰るのは無理だと思うよ?」 そうだった。 初めて来た場所。 夜景を見るひとのために作られたであろう駐車場は広かったけれど、どうみても山の中だった。 ひとけがなく、寂しい場所だった。 「ちゃんと送るからさ。――ね?」 さっきと寸分違わぬ笑みだった。 私は急に怖くなった。 だって、よく考えてみたら――私はこのひとの事を何にも知らないのだ。 私は今更ながら、自分の軽率さに唇を噛んだ。 ナインの言う通りだ。 後悔しても遅かった。
そうっと手を握られた。 「離してください」 ――それは、確かにそうだったけれど。 でも。 「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ」 えっ? キス「くらい」? くらい、って・・・ 「そんなに驚かなくてもいいだろう?きみの国では挨拶代わりなんだしさ」 それはそうだけど、でも。 「――ごめんなさい」 どうしよう。 何も考えず、ここまで一緒に来てしまった私が悪いことはわかっていた。 期待させるような行動をとってしまった私が悪い。 このひとは何にも悪くない。 ――このひとは何にも悪くないのに。 だから、彼の言う通りキスくらい・・・ そのくらい、大した事じゃないわ。――そう、大した事では・・・ だってこのままでは、ここまで連れてきてくれて、綺麗な夜景を見せてくれたこのひとに申し訳ない。 このまま、このひとの言う通りにするのが筋なのかもしれない。
だけど。
ナイン。
ジョー。
頭の中に彼の顔が浮かんだ。 ナインの笑顔でいっぱいになった。
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