車の窓がノックされた。
「――何だ?」 私のほうへ身を寄せていた彼は、怪訝そうに身体を起こした。 私は反対の窓の方へ身を引いて、精一杯彼から離れた。 運転席側の窓がほんの少し下げられる。 「――なんだ、一体・・・」 彼の声が途中で止まる。 「――悪いな。彼女は僕のツレなんだ。――返してもらうよ」 あまりに聞き覚えのある声だった。 「ツレだって?オマエ、いきなり何を」 冷気が漂ってくるようなその声に、心臓をぎゅっと掴まれたかのように胸が痛んだ。 「何だよ、妙な格好しやがって。――フランソワーズ、怪しい奴がいるから外に出ちゃ駄目だよ」 シートベルトをがちゃがちゃやっている私に、心配そうな声がかかる。 「――その名を呼ぶな」 赤いマフラーが風になびく。 「もう一度言う。彼女は僕のツレだ。返してもらうよ。――いいね?」 地を這うような低い声に、隣の彼は息を呑んだ。 その瞬間。 外に転がるように出るのと、車が猛スピードでバックするのとがほぼ同時だった。 勢いで私はアスファルトに嫌というほど膝をぶつけた。 車は、そんな私に全く構わず――方向転換すると凄いスピードで山を下って行った。 車の音が聞こえなくなるまで、私は立ち上がれずにいた。
静寂が戻る。
灯りの全くないここは、真の闇に包まれていた。
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