「――ったく・・・」

呆れたような声と共に、ぐいっと手を引かれた。

滲んだ視界には、呆れ顔のジョーがいた。

「早く帰らないと夜が明けちまうぞ」

投げ捨てるように言うと、そのまま私の手を引いて歩き出す。
歩くスピードはいつもと全然変わらなくて――女の子の歩く速度をちっとも考えてくれてない――膝を痛めている私にもお構いなしだった。

私はべそべそ泣きながら歩いた。

ジョーに手を引かれて。

 

***

***

 

合コンて、こんな危険もあるなんて知らなかった。
ただ楽しく会食するだけだと思っていた。

私はやっぱり、何も知らないコドモだったのかもしれない。

だから、彼氏――ナインの事だ――がいると思われている私は、「ゴメン、間違って誘っちゃった」と言われた時に素直に頷くのが当然の行動だったのかもしれない。
なのに、意地張って、こんなの何でもないわという顔をした私はばかだ。
合コンに来る男のひとなんて、みんな――多かれ少なかれ、考えてるのは一緒なのかもしれないのに、全然わかっていなかった。
好きなひとが居るひとは、来てはいけない場所だったのだ。

そう思って――ふと、

ジョーはどうして行くんだろう?

と思った。

ジョーは何度も何度も合コンに行っている。
しかも、必ずデートの約束もしていて――と、いうことは、彼には特定のひとはいないということなのだろうか?

――ううん。そんなはずない。
だってジョーにはお付き合いしてるひとがいるもの。
大事なひとがいる、って前に聞いた事がある。

でも、それなら合コンなんて行かないはずで・・・

わからなかった。
それとも、ジョーがお付き合いしているひとは、――オトナだから――心が広くて物分りが良いひとなのだろうか。
ジョーが合コンに行っても平気な。
今日の私みたいに、誰かとキスしそうになっても平気な・・・

――キス。

ジョーも誰かとキスしているのだろうか?

合コンに行った帰り道、さっきの彼のように甘い言葉を囁いたり、じっと優しく見つめたり、――肩を抱いたり、しているのだろうか?

それともそれは、お付き合いしているひとにだけする事で――合コンでのジョーは、本当に「会食して帰ってくるだけ」なのだろうか?

ジョーは、大事にしているひととだけキスを交わすのかもしれない。
優しく、囁いて。
その強い腕で抱き締めて。

 

 

 

 

・・・嫌だ。

 

そんなの、イヤ。

 

ジョーが誰かとキスするなんて。

 

 

勝手な片思いの私の涙は、ちっとも止まってくれなかった。

 

***

 

「いい加減、泣き止めよ。――全く」

ジョーが足を止めて、呆れたように見つめる。

「もう怒ってないからさ」

怒ってない――確かにジョーは、さっきから怒ってはいなかった。
ただ、呆れているだけで。

ジョーは、本気で心配した時は凄く怒る。
普段でも、ミッションの時でも。
私はそれが――怒られるのはいやだったけど、でも――嬉しくて、ジョーの怒る顔を見るのが好きだった。
彼が本気で心配してくれている証だったから。

でも今は、怒ってもくれない。

考えなしの私に呆れて、怒る気もしないのだろう。

下を向いたままの私の頬に手をかけて、自分のマフラーで私の涙を拭う。
頬がこすれて痛かった。

 

「・・・あのね、ジョー」
「何?」
「・・・ジョーも合コンではこんな風にしているの?」
「こんな風に、って?」
「誰かとドライブしたり、それから、その」
「あー・・・・」

ジョーはふいっと視線を外し、あさってのほうを向いた。

「――僕はいつもまっすぐ帰ってるからなぁ・・・」

嘘。

まっすぐなんて帰ってない。

だって、必ずギルモア邸に寄って――

 

「――ともかく。酒くさいから、歩いて帰るのはちょうど良かったな」

そう言って、再び歩き出す。私の手を引いて。

・・・そういえば。

「ねえ、ジョー・・・車はどうしたの?」

ここまでどうやって来たのか謎だった。彼のこの格好も。

「置いてきた」
「どこに?」

山のふもとかどこかだろうか?

「家に」
「家!?じゃあ、ここまで一体・・・」

思わず立ち止まった私に苦笑する。でも何も言わない。
答えない。

「ホラ。――帰るぞ」

乱暴に手を引いて、ずんずん歩き始める。

 

「――きみはまだコドモなんだから、合コンなんて行かなくていい。まだ早い」

それは――そうかもしれない。
今回に限っては、ジョーのいう事は正しかった。
私がもう少しオトナだったら、さっきの彼も傷つけずにすんでいた。

「二度と許さないからな」

「・・・ハイ」

悔しいけれど、素直に反省したので、小さい声で答えた。

「本当に、僕が間に合ったから良かったようなものの・・・」

そういえば、確かに物凄くタイミングが良かった。
まるで見計らったかのように。

――なぜ?

その横顔を見つめてみるけれど、黒い瞳がこちらを見ることはなかった。
唇はきりっと結ばれたまま。
ただ前方を厳しい顔で見つめているだけだった。横顔に答えは書いていなかった。

 

***

 

結局、その夜は延々と歩いて帰り、ギルモア邸に着いたのは夜が明ける直前だった。

ギルモア邸に着いて最初に目に入ったのは、ジョーのオープンカーだった。
玄関の前に無造作に――しかも、玄関に突っ込むのをかろうじて避けたかのように、ナナメに止められている。
普段はちゃんとガレージに入れるか、そうでなければ玄関から離れた所に止めているのに。

思わずジョーの顔を見ると、怒ったような怖い顔をしていた。
だから、何があったのかなんてとても訊けなかった。

家の中に入ると、私はずっと歩いてきた疲労と、残っていたアルコールのせいで眠くて眠くて仕方がなくなった。
だからすぐ、ベッドに倒れ込んだ。
送ってきたジョーがどうしたのかは知らない。

 

だから――

どうしてジョーの車がナナメに止められているのか、

どうしてあのタイミングでジョーがあの場所に現れたのか、

――などという疑問は、先送りになってしまった。

ただ私の頭には

「二度と許さないからな」

というジョーの声だけが残っていた。

眠りにつくまで、ぐるぐると繰り返し繰り返し――