「すごーい。たくさんのイチゴ!」

ビニールハウスの入り口で胸にいっぱいイチゴの香りを吸い込み、スリーは中へと一歩踏み出した。

「いいにおい・・・。ね、ジョー。こんなにたくさんあったら、ケーキもタルトも何でも作れるわね」
「バッカだなぁ。だから君はオコサマなんだよ」

ナインはスリーの後ろから続いて中へ入った。

「またそう言う。ひどいわ、ジョー」

私はオコサマじゃありません――と、横を向くスリーの手をとり、ナインは微笑んだ。

「ホラ。そういうトコロがオコサマなんだよ」

 

「おーい。早く中に進んでくれよ。後がつかえてるんだから」

背後から声がかかり、ナインとスリーは慌ててビニールハウスの中ほどまで進んだ。

「もうっ。ジョーが変なコト言うからよ?」

スリーが横目でナインを見て唇を尖らせる。

「だってさ。ケーキとかタルトとか言うから」
「でも、これだけあればたくさん作れるでしょう?」

スリーは右手でそっと傍らのイチゴをつついた。左手はナインとつないだままである。

「ケーキとかタルトもいいけどさ。そのまま食べる方が美味しいんだぞ。特にこういう所ではね」

そう言うと、ナインはイチゴをもぎとり、ぽいっと口に放り込んだ。

「ウン。うまい」
「本当?」

スリーも真似してイチゴをもぐ――が、片手だけでは上手くできなかったので、ナインの手を離そうとした。
が、ナインは離してくれない。

「ジョー、ちょっと・・・」

手を離して、と言いかけると、目の前にもぎたてのイチゴが出現した。

「ホラ」
「――ん。ありがとう」

ナインが差し出すそのまま小さくかじってみる。

「――ホント。甘くておいしいっ」
「だろう?」

二人は手をつないだまま、ぶらぶらと奥のほうへ向かって歩いてゆく。

「凄いなぁ・・・広い」
「そうね」

ビニールハウスとはいっても、小学校の体育館くらいの広さがある。そこへ縦に幾筋もイチゴが連なって植えられている。入り口寄りには腰の高さに組んであり、屈まなくてもイチゴを摘むことができる。真ん中より奥の方は、砂の上のシートにイチゴが並んでおり、こちらはしゃがまないと採れない。品種が異なっているようだった。が、ナインとスリーの二人はそんなことは知らない。全く頓着せず、手を繋いで歩いてゆく。
先ほどまで丈の高い位置にあったイチゴは、今は畑のように地べたに実っていた。赤い色と緑色が展開されてゆく。

「ここで食べるのも美味しいけど・・・、でも、後でケーキも作るわね?」
だって、セブンがイチゴのケーキ大好きなんだもの。と続ける。

「一緒に来ればよかったわ」
「・・・そうだね。でも博士のお供だからしょうがないよ」

何故かセブンは博士の学会に同行しているのだった。

「・・・そうだけど」
来たらきっと大喜びしたのに。

ナインはスリーを見つめ、優しく微笑んだ。

「だったら、たくさん採って帰らないと」
「――そうね」

そうして二人はしゃがみこんで、しばらくイチゴの収穫に精を出していたのだけれど。

「あ、ジョー。もうっ。あなたったら、採るより食べる方ばっかり」

ナインの手元のイチゴは、スリーより随分少なかった。

「ん?そりゃ、このために来たのにさ。食わなくてどうする。――ホラ、きみも一つ食べたまえ」

そうしてスリーの口元にイチゴを近づける。

「ん。後にするわ」
「そう?」

美味しいのになあ――とナインは呟きながら、そのイチゴもぱくりと食べてしまう。

「知ってるかい?イチゴってヘタの方から食べた方が美味いんだぞ」
「そうなの?」

スリーの蒼い瞳が丸くなる。

「ウン。甘みを感じるのが舌の先だから、イチゴの一番赤いところがそこにくるように食べるのさ」
ほら、こんなふうに――と、実演してみせる。

「えっと、こうかしら?」
「ダメだよ、ちゃんとヘタを取らないと。貸して」

スリーの手からイチゴを取り上げ、ヘタの部分を取る。

「そうして、ヘタの方から・・・」
「わかったわ。ヘタの方から食べるのよね?」

ナインからイチゴを受け取り、口元へ持っていく。ナインはその仕草を目で追いかける。

「・・・ジョー?どうかした?」
「――えっ?」

スリーがイチゴを食べる直前に手を止め、訝しそうにナインを見つめる。
ナインは瞬きをすると照れたように微かに頬を赤らめた。

「ウン・・・そのイチゴの赤い色が、きみの唇の色と同じだなあと思ってさ」
「いやね、ジョーったら。私は口紅をつけてないから、こんなに綺麗な赤い色じゃないわ」
「いや。赤いよ。それに――」

甘そうだ。

スリーは至近距離に近付いたナインを見つめ、不意に落ち着かない気分になった。急に心臓が暴れ出す。
そんなスリーの変化には全く気付かず、ナインの顔が近付く。

「あ、あのジョー?どどうしたの」
「――うん・・・」

甘そうだから。

「や、ジョー、ちょっと・・・きゃっ」

近付くナインを避けるように身を退いたスリーはバランスを崩し、そのまましりもちをついた。

「何やってるんだよ。バカだなあ」

ナインは笑いながら、スリーの腕を掴んで助け起こした。

「気をつけろよ」
「だって、ナインが・・・」
「えっ――わっ」

スリーを助け起こすのに手を強く引きすぎて、ナインはスリーを起こした途端、今度は自分が仰向けにしりもちをついていた。当然、ナインに手を引かれたままのスリーも一緒に。

「きゃっ」

ナインの身体の上に散らばるイチゴ。
二人の周りに更にイチゴの香りが広がった。

「やだもう、ジョーってば・・・」

ナインはスリーの腕を掴んだまま引き寄せ――そうっと唇を重ねていた。
ほんの数秒。

周りに広がるイチゴの香り。

唇に残るイチゴの甘さ。――と、コンデンスミルクの甘い味。

「・・・・・・・」

ナインは内心、がっくりと肩を落とした。

スリーとの初めてのキスだったのに。なのにどうして、彼女の香りではなく、コンデンスミルクの味なんだ。
そういえば、さっきそのまま食べた方が美味しいって言ったのに、彼女は配布されたミルクを時々つけて食べていたようだった。

「・・・ジョー。・・・こんな所で・・・」

スリーは顔を真っ赤にしてナインから飛び退いた。ばらばらに落ちたイチゴを慌てて拾う。
その動揺している様子が可愛くて、ナインは笑顔になった。
初めてのスリーとのキスはコンデンスミルクの味ではあったけれど。

――でも、彼女の唇は凄く柔らかくて・・・

「もうっ。ジョーのせいでイチゴがバラバラ」

軽く唇を尖らせ、ナインを見ないようにしながら手元のイチゴを拾い集める。

「ねえ、ジョーも手伝って」
「・・・フランソワーズ」
「ほら、砂がついちゃったわ」
「フランソワーズ」

呼ばれてもスリーはナインの方を見ない。耳まで赤くしたまま、イチゴを拾うことだけに集中している。
ナインは構わず、イチゴを掴んだままのスリーの手を取った。

「・・・何?ジョー」
「もう一回」
「えっ?」

スリーが答えるのを待たず、ナインは優しく唇を重ねていた。

「・・・・・」

何か言ったようだったけれど、聞こえない。

スリーの手からイチゴがころんと転がった。

 


(C)水無月りら 様