「いくらでも」

 

 

 

「アニキ。やっぱりここはアレだと思うよ」

「そうだな」


セブンの言葉に頷いたものの、ナインの表情は晴れない。


「何やってんのさ、早く」
「……ああ」


そう、事態は逼迫していた。もうすぐ日没だ。

しかし、ナインは確信が持てないのだ。
果たして本当にこれが正しい方法なのか。これしかないのか。

もしも、間違っていたらスリーは。


「アニキ!」


悲痛なセブンの声に、ナインは顔を上げた。
地平線に今にも消え去ろうとしている太陽。その光が一本の細く短い線になる瞬間、ナインは覚悟を決めていた。

目の前の棺に横たわるスリー。

ナインはその唇に静かに自分の唇を重ねた。

 


 

 

敵を追ってやってきたのは、なんとも不可思議な星だった。

地球とおなじような環境でありながら、魔法が存在する世界。
しかも、地球でよく知る様々なおとぎ噺が混在しているのだ。


神剣エクスカリバーのように岩に突き刺さった剣をあっさり引き抜いたナイン。
それはいとも簡単に敵を貫き倒した。

しかしその頃、スリーは敵の甘言により罠にはまり、指に糸車の針を刺し倒れていた。
日没までに意識が戻らなければ、体が縮む魔法がかかっているという。

ナインは当初、そのくらいどうってことないさと甘く考えていた。
が、縮んだあとは蛙と結婚させられる上に元の姿には戻らないと聞かされ、愕然とした。
スリーを置いて帰るわけにはいかない。
そこでセブンと一緒に目を覚まさせる方法をあれこれ試してみたのだがうまくいかなかった。

最後に残ったのは、たったひとつ。

王子さまのキスだった。

しかし、自分は王子ではない。
なのに下手にキスをして、もしもスリーが永遠に目を覚まさなかったら。

そう思うとなかなかできなかった。

 


 

 

ぱっちりと目が開いた。


「……ジョー、わたし……?」

しかし、いったん離れた唇はスリーの言葉を遮るように再び彼女の唇を覆った。


離れない。


「……?」

 

離れない。

 

「……っ」

 


離れない。

 


「ちょ、アニキ!」

見かねたセブンがナインのマフラーを引っ張って、なんとか引き剥がした。

「じ、ジョー?」

うるんだ瞳のスリー。
見つめた先のナインは怖いくらい真剣な顔をしていた。


「――大丈夫か」
「ええ」
「どこも縮んでないか」
「……ええ……?」


意識のなかったスリーは事情を知らない。
知っているのは、何故かナインに熱烈なキスをされたということだけ。それもセブンの目の前で。


「あの、ジョー?」

「――よかった……」

大きく息をついてナインが崩れ落ちた。

「ジョー?」

慌てて体を起こしたスリーが見たのは、周囲に散らばっている様々な魔法の道具だった。
セブンもそれらの傍らで伸びていた。

「ジョー、いったい」

心配そうなスリーにそっと手を伸ばすと、ナインは微かに笑った。

「うん。大丈夫だ」


そう、おひめさまにはやっぱりキスだったのだ。
自分は王子さまなんてガラじゃないけど、彼女がそう認識しているのなら。


「いくらだってしてやるさ。キスくらい」

 

でもちょっと疲れたなと目を閉じた。

安堵の溜め息とともに。

 

 


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