「可愛いひと」 

 

−1−

 

――失敗した。

まず、そう思った。
そうして、次に来るべき衝撃に歯を食いしばった。――と、同時に左頬をぶたれた。

痛みに頭がぼうっとなる。

たまらずよろけた身体は簡単に蹴倒され、背中を踏みつけられた。
そうして、脇腹に靴先が何度も何度も蹴り込まれる。
身体をくの字に折って堪えるけれども、更にはみぞおちを嫌というほど蹴られ・・・たまらず、戻してしまう。

もう、限界だった。

私はどうなってしまうんだろう?

また――怒られるのだろうか?

ぼうっとした意識のなかで考える。

きっと怒られるのに違いない。いつものように『女の子なんだから無理するな馬鹿』って。いつものように。
もし――生きて会えたならば。

 

***

 

潜入捜査だった。

ある日、ギルモア邸に駆け込んできた男性。ラボから逃げてきたという。
聞けば、人体実験を繰り返している施設があり、そこでは人間の臓器及び細胞ひとつひとつまでを「情報」として切り売りしているのだという。自分はそこを告発できる資料を持ち出すのに成功したけれども、追われてこの岬まであてもなく逃げてきたのだという。
――本当に、ここに来たのはたまたまだったのだろうか。
けれども、その疑問を肯定も否定もする暇すら与えられず私たちはその件に巻き込まれてしまった。

ともかく、その施設に行って調査をしよう。

そう言い出したのはナインだった。それにのったのはいつもの如くセブン。
博士は、全員を呼び集めるべきだと言い張ったのだけど、まだ「調査」の段階だから大丈夫だというナインの意見を容れて、結局私たち3人であたることになったのだった。

潜入したのはいいものの、最初から不穏な気配は消えなかった。
何しろ、

透視ができなかった。

どんな材質で作られているのか、どこも、どんな壁も見通すことができなかったのだ。
音は、聞こえた。
だから余計に始末が悪かった。

音が聞こえればそちらが気になるし――重要区域らしいということも想像できる。たとえそれが罠だとしても、それを確認する術はない。だからそれにのるしかなく――結果、いともあっさりと捉まってしまった。
3人ともバラバラに潜入していたから、ナインもセブンも私が捉まったことなど知るはずもない。
今もどこかで調査をしている。
彼らが、私に何かがおきたことを知るのは、早くてあと数時間後。集合時間に姿を見せない私に気付いた時。

 

***

 

髪を引っ張られ、無理矢理に身体を起こされる。

「――ふん。こうもあっさりゼロゼロナンバーサイボーグが手に入るとはな」
「全て情報通りですな。『遮蔽装置』の使用がうまくいった」
「一番欲しかったのはゼロゼロナインだが・・・まぁ、いい。ゼロゼロスリーがこちらの手にあればいくらでもおびきだすことができる。こちらに有利な方法で」
「お嬢さん――いや、サイボーグか。――おとなしくしていたほうが身のためだ」

――罠だった。

霞がかかったような意識の中、何人の声なのか判然としないけれどもどうやら私たちが罠にかかったらしいということはわかった。
私たちがサイボーグであるということを知っているひとたち。
ゼロゼロナンバーと、はっきり言っていた。

・・・ブラックゴーストと何か関係があるのだろうか・・・?

――臓器売買。

――人体実験。

それらの単語は、ブラックゴーストと非常になじみがよく、違和感は全く感じなかった。

どうして気付かなかったのだろう。
「平和」な日々に慣れすぎてしまっていたのだろうか。

悔やんだところで状況は変わらない。

「――だから、解剖するのはまだ待て」
「しかし、ここに聴覚と視覚を強化されたサイボーグがせっかくいるのだから――」
「完全体でなければ囮には使えんぞ」
「片目だけでも摘出させてくれませんかね?――わかりゃしませんよ」

私を無視して勝手に話が進んでゆく。

片目。

摘出。

私の眼を――調べる?

「しかし――」

髪がぐいと引かれ、まじまじと見つめられる。

「・・・ふむ。この目がニセモノだとはとても思えん・・・」

そのまま手が伸びて、眼のふちをなぞるように指が動く。

「――信じられん。いったいどんな方法で・・・」
「知りたいでしょう?・・・片目だけでも先に」
「――そうだな」

ぼやけた視界に映るのは、白衣姿の男のひとたち。
その背後には武装した兵士らしき人物が多数。さっき私を襲った。

相談している白衣の人物。私から注意が逸れた。
そうっと足を動かす。――動く。
手はどうか。――別に縛られているわけではない。動く。

チャンスがあるとすれば、今だ。

痛みを堪え、彼らの様子を乱れた髪の間からそうっと窺う――と。

途端に、背骨に響く激痛。

声もなく崩れ落ちる。

「――ったく、油断も隙もないな。――おい。妙なコトを考えるなよ。ここには誰も来ない。他のサイボーグも既に捉えてあるんだからな。助けはこないぞ」

そんな――ナインが捉まった?

まさか。

更に、二度、三度と背中を何かで容赦なく殴られる。痛みに声もでない。

――ジョー。

涙で滲んだ視界に彼の顔が浮かぶ。

――逃げて。

私はどのみち、もう助からない。
おそらく数分後には眼球が摘出され――更には耳が、そして各部臓器が調べられる。
ただの「サイボーグ」として研究される。

それだけなら、まだ、いい。

その前にナインを捉まえるための囮に使われる。
さっき、兵士は「既に捉えてある」と言った。けれども、その前に「囮に使う」とも言っていた。
ということは、やっぱりナインはまだ捉まっていなくて・・・「捉えてある」と言ったのは私を絶望させるためだけの言葉。

だったら。

私はナインを捉えるための道具になんか、絶対にならない。