運転席側の窓をノックする。 隣のシートに上半身を乗り出していた男が訝しそうにこちらを見る。 「何ですか?」 ウインドウを下げ、ほんの数センチの隙間から嫌そうに応対する。 ――こんな男が。
助手席からは、脱出すべく必死にシートベルトと格闘している気配が伝わってくる。が、手が震えているようでうまく外れない。 「彼女は僕のツレなんだ。悪いけど、返してもらうよ」 びくんと相手の身体が強張った。 「――消えろ」 声には出さず囁くように言うと、男は車をバックさせ急発進して去っていった。 呆然と立ち尽くしている。その瞳は、驚いたのとほっとしたのがないまぜになり、何とも不思議な蒼い色を湛えていた。
静かだった。 辺りはひっそりと闇に包まれている。 「――」 僕は何か言おうと口を開いたが、結局何も言えず、さっさと彼女に背を向けて歩き始めた。 「帰るぞ」 今、彼女の顔を見たら、自分が何をしでかすのかわかったものではなかった。
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