運転席側の窓をノックする。

隣のシートに上半身を乗り出していた男が訝しそうにこちらを見る。
明らかに不審者を見つめる目で。
それはそうだろう。僕は今、防護服姿なのだから。

「何ですか?」

ウインドウを下げ、ほんの数センチの隙間から嫌そうに応対する。

――こんな男が。

 

助手席からは、脱出すべく必死にシートベルトと格闘している気配が伝わってくる。が、手が震えているようでうまく外れない。
それを見て僕は更に――怒りで頭が熱くなった。
けれども、冷静を装い低い声で言うにとどめた。

「彼女は僕のツレなんだ。悪いけど、返してもらうよ」
「っ、何を言って」
「――聞こえなかったのか?」

びくんと相手の身体が強張った。
その瞬間、シートベルトが外れ、助手席から人影が転がり出た。
――が、僕は一瞥もくれず、目の前の男を睨みつけた。

「――消えろ」

声には出さず囁くように言うと、男は車をバックさせ急発進して去っていった。
その音が遠くなり、聞こえなくなるのを待って、僕は目の前の人物を見つめた。保護すべき「対象」を。

呆然と立ち尽くしている。その瞳は、驚いたのとほっとしたのがないまぜになり、何とも不思議な蒼い色を湛えていた。

 

 

静かだった。

辺りはひっそりと闇に包まれている。

「――」

僕は何か言おうと口を開いたが、結局何も言えず、さっさと彼女に背を向けて歩き始めた。

「帰るぞ」

今、彼女の顔を見たら、自分が何をしでかすのかわかったものではなかった。
だから、いつもより早足でずんずん歩いた。