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黒い髪。

前髪が長い。
顔の半分はそれで隠れてしまう。

でも、わざとそうするときは大抵、照れ隠しなのだということを私は知っている。

黒い瞳。

全てを見透かすようにまっすぐ見つめてくる瞳。
この瞳に見つめられると私は落ち着かなくなる。

逞しい肩と腕、大きな手。

ミッション中は何度も何度も助けられた。しっかりと肩や腰に回される腕。
けれど、それ以外のときは――まるで壊れ物を扱うみたいにそうっと触れる。

手を繋いで歩く時は、いつも私は小走りだ。
ナインは自分の歩く速度と私の速度が違う事を全然考えてくれてないから、いつも半分引き摺られるみたいになる。
だから私は、いつも彼の半歩後ろから彼の横顔を見つめる。

私は、ナインの横顔を見るのが好き。

正面から彼の顔を見るのはドキドキしてしまうけれど、隣で見つめるその顔はいつもまっすぐに前を見ていて――何者にも負けない強い意志が感じられる。
私はナインのそういう顔がとても好きで、だからそれが見られるポジションである彼の隣にいるのが好き。
いつまでも、そうしていられたらいいな――と思うけれど、そうできないのが現実。

だって私は彼にとって・・・・

 

 

「――何?」

ナインの声にはっと我に返った。

ナインは少し怒ったみたいに頬を赤くしてこちらを見ている。
どうやら私は、ぼうっとしたまま彼をずっと見つめていたらしい。

「え、あ」

――どうしよう。

きっと随分長くナインの事を見ていたのに違いない。
用もないのに。

どうしよう。

何て言えば、いい?

動揺していると、すっとナインの手がのびて――

「――熱があるみたいだな」

おでこにあてられる。

「顔も赤いし。――やっぱり無理してたんだろう?」

しょうがないな、と大きく息をつく。

「冷やさないと。氷を持ってくるから、おとなしくしてるんだぞ」

さっさと立ち上がり、部屋を出ていこうとする。

「あの、ナイン――ジョー」

だってこれは別に熱が出ているわけじゃなくて・・・

「何?」
「あの・・・・」

何て言ったらいいんだろう?

「――ジョーも顔が赤いみたいだけど」
「えっ?」

びっくりしたように一瞬黙り、そのあとつかつかとこちらにやって来る。
そうして私の顔を覗きこむように身を屈め、

「何言ってるんだよ、熱があるのは君だろうフランソワーズ」
「ううん。やっぱり顔が赤いみたい。――疲れてるんじゃない?毎日、ここに来てるんだしちょっとは休んだ方が」
「フン。見張られるのが嫌だからってそんな事を言ったって無駄だぞ」
「違うわよ、そうじゃなくて――心配してるのよ?これでも」

 

お互いにじっと見つめ合う。

 

黒い瞳に見つめられるのに耐えられなくなった頃、ジョーが口を開いた。

「別に疲れてなんかいないさ」
「そうかしら。・・・でも、もしここに来るのが大変だったら」
「あーもうっ!!うるさいな!」

私の声は強引にジョーに遮られた。

「そんな事言って追い払おうとしたって無駄だと言っただろう?フランソワーズがちゃんといい子にしているか見に来ないと僕は落ち着かないんだ!」

「・・・だって、セブンが」
「セブンが何だって?」
「・・・こう毎日来てたら、ジョーはデートもできないね。って・・・」

思わずうつむいてしまう。

ジョーは小さく、アイツ余計なコトを言いやがって、と汚い言葉遣いでブツブツ呟いた。

そうして。

「――そう思うんだったら、僕が一日も早くデートに行けるように早く良くなるんだな。無茶して長引かせて、デートに行けないように妨害しないように!」

と言った。

「ひどっ・・・妨害だなんて、ひどいわ!」
「だから。――早く良くなるんだ、フランソワーズ」

一瞬、黙ってじっと見つめ――

「・・・とはいっても・・・」

小さく口の中で呟き、そうしておもむろに身を翻し

「氷を持ってくるよ」

するりとドアから出て行った。

私はひとりポツンと取り残され、そうして――

 

――とはいっても・・・毎日がデートみたいなもんだけどな。

 

聞こえたひとことが空耳だったのかどうかだけ、考えていた。