「ケンカ」
あんなこと、言うつもりじゃなかったのになぁ・・・。 僕はギルモア邸を後にした車内で、ハンドルに向かって深い深いため息をついた。 浮かんでくるのは 売り言葉に買い言葉。 ――本当に、その場の勢いだったんだ。本気でそんなこと、思っていない。 かといって、今から戻ってそう言ったところで言い訳じみているし、何より格好悪いことこの上ない。 ・・・全く。どうしてこう、うまくいかないんだろう?
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あんなこと、言うつもりじゃなかったのに。 ギルモア邸から去ってゆく車を見つめ、思わずため息をついていた。 さっきの彼の顔が脳裏をよぎる。 言った後ですぐに後悔した。 ――どうしよう。 だけど、どれも彼の心には届かないように思えた。 ・・・あんな顔するなんて思わなかったんだもの。
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まっすぐ帰る気になんか到底なれやしなかった。 だったら。 そうしているうちに、きっとどうすればいいのか答えが見つかるはずだから。
「全く、可愛くないな!生意気な女は嫌いだ」
つるっと出てきてしまった言葉。
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このまま家でじっとしていても、事態は何も進展しない。 電話もメールも駄目なら、やっぱりちゃんと会って謝るべきだわ。 そう思って、支度した。
「何よ、いっつも命令ばっかり!ナインなんか知らないっもう来ないで!」
あんな酷いこと、言うつもりはなかった。
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何時間、車を走らせていただろうか。 結局僕は、ギルモア邸に戻って来ていた。 ――カッコ悪くてもいい。ちゃんと言わなければ。
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私はナインの部屋のドアの前で途方に暮れていた。 きっと、あのままどこかに行ってしまったのだろう。 途方に暮れてはいたけれど、かといって帰るつもりは全くなかった。 けれど。 一時間が過ぎても、ナインはまだ帰って来なかった。こちらに向かっているような気配もない。 でも――帰らない。ナインに会うまでは。 彼の部屋のドアの前に成す術もなくぼうっと立っていると、思い切り不審者になってしまうので――私はマンションのエントランスに移動した。 もう来ないでと言ってしまった手前、彼がギルモア邸に顔を出すことはない。 黙って邸を出てからかれこれ数時間が経っていたので、私はセブンに電話をした。 もう少しで携帯を落とすところだった。 「本当なの?ジョーがそこにいた、って」
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スリーは一体どこに行ったんだ? ギルモア邸を出て車を走らせながら、僕は言いようのない不安に襲われていた。 彼女の目に浮かんだ涙を思い出す。 泣かせるつもりじゃなかった。 ――くそっ。 そんなつもりじゃなかったのに。
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――ナインはギルモア邸に戻っていた。私があんな酷いことを言ったのに。 エントランスを行ったり来たりしながら、考える。 落ち着かない。 結局、通りに出て耳をすませた。 もしもナインがこちらに向かっているのなら、絶対に捉えることができるはず。私は003だもの。 「もしもし?」 ナイン? どうして? 何で? 「どこ、って・・・」
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口ごもって答えないスリーにイライラしながら車を降りる。 僕は気を落ち着けるために、いったん自分の部屋へ戻ることにした。 とはいえ。 もしも、どこかでひとりで泣いているのなら一刻も早く連れて来なくてはいけない。 絶対、泣いて無防備になっている。そんなの、――カモネギ以外の何者でもないじゃないか。 ともかく、素直に電話に出てくれた彼女に安堵しつつ――本当は着信拒否されているんじゃないかと思っていたから―― 「フランソワーズ、いったいいまどこに――」 駐車場から建物をぐるりと回ったところで、僕は立ち止まった。
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「――あなたの目の前だけど」
携帯電話を耳にあてたまま、びっくりしたようにこちらを見ているナイン。 びっくりしたのはこっちよ。 いつの間に?
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「あ。フランソワーズ、その・・・」 ちゃんと訂正しなければ。 と思っていたけれど、スリーの無事な姿を見ると安心したのやほっとした気持ちが混ざってしまい、結局僕は声を荒げてしまっていた。 「――いったい、どこに行ってたんだ」 どうしてギルモア邸で大人しくしていないんだ。 僕が二の句を告げられずに黙り込むと、スリーは手提げ袋から箱を取り出した。 「――なに?」 途中で作るのをやめたのではなかったか。 「だって、・・・ずっとケンカしてるのなんか嫌だったし、私があんなことを言ったせいで、ナインは来にくくなってしまうと思って、だから」 差し出されたそれをそのまま受け取る。 「――チョコレート味は?」 しばしの沈黙のあと、僕はここにいるのも何だからとスリーを部屋へ誘った。 「えっ・・・いいの?」
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そうじゃなくて。 と言う声はナインの耳には届かなかった。 ――ナインの部屋に入るのは久しぶりだった。 この前は私の誕生日の時で。 そして今日は、そんな大義名分もない。 ナインはわかってない。
だけど。
「スリー?どうしたんだい?」 こんな風に自然に招かれるのに慣れてゆくのだろうか。 けれども今は――ナインのために作ったプリン。 「スリーの作ったのが一番合うみたいだ」 そう言ってにっこり笑ったナイン。 私は大きく深呼吸するとナインが待っている場所へ一歩踏み出した。
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