「全力で」

 

 

 

「キスをしたって減るもんじゃない、って思う?」

「――なんだって?」


僕はしみじみとフランソワーズを見た。
いったいこの子は突然何を言い出すのだろうと思いながら。
しかし、彼女はいたって真剣で、一生懸命な瞳でじっとこちらを見るのだ。


「男のひとはそう言うんですって」


いったいどこの誰がそんなことを言ったというのだ。
しかも男のひと限定だと?
全人類の雄を代表して発言したのはどこのどいつだ。

フランソワーズが僕の腕をぎゅっと掴む。


「ね。ジョーもそう思うの?」


思い詰めたように訊くから、僕は逆になんだかばからしくなってしまった。
大体、どこのどいつから聞いた話なのかも謎だし、そもそも質問がくだらなさ過ぎる。
こんなものに真剣に答えよというほうがどうかしている。いくらフランソワーズでも。


「――さあな。そんなことより、」


メシの心配でもしたほうがずっとましだ――と、話題を変えようとしたけれど、フランソワーズにそんな気は全く無かったようだ。


「…ジョーもそう思うのね」


なんでそうなる。


「男のひとだもの、そうなのね」
「――フランソワーズ、ちょっと待て」
「だって誤魔化そうとしたもの。それってつまりそうだからなんでしょう」


ああ、メンドクサイなあ。


「あのさ。それって誰がどこで発言したものなんだい?ニュースソースがはっきりしないと答えることはできないな」


僕がきっぱりと言うと、フランソワーズはちょっと黙った。
そして逡巡するかのようにしばし間を置いて、やっとか細い声で答えてくれた。


「…………歌詞よ」


そんなことだろうと思ったよ。


「そういう歌詞があるのよ。だからジョーはどうなのかしらって……」


心配になったんだな?なるほど。


僕は腕組みすると、ううんと唸った。
そうじゃないよと答えるのは簡単だったけれど、こうも毎回僕を試すようなことをされては困る。
一回懲りたらもうその手の質問はしなくなるのではなかろうか。
そんな期待をこめて僕は――そう、ちょっとからかうつもりで「うん。そう思うよ」と答えようとした。

でも。

実際、フランソワーズの目を見たらからかうどころの話じゃなくなった。

そうだった。
この子はどんな質問もいつも真剣なのだ。

いつも一生懸命で、いつも全力で――

 

――全力で、僕のことを好きだと伝えてくる。

 

「だったら――キスしてみたらわかるんじゃないかな」


心配そうな顔がぱあっと明るくなった。


「そうね。……いい考えね、ジョー」

 

いつも全力のフランソワーズ。だから僕も――全力で伝えたくなる。

きみが好きだ、と。