消毒?
「ジョーのばかっ、信じられない!酷いわ!」 「そんなに怒鳴らなくても聞こえるよ」 ナインはソファの上で身じろぎすると顔を背けた。 「聞いてるの!?」 頬を紅潮させ、ナインの目の前で怒りも露なスリー。 「・・・ショックだったんだ?」 丸くなった蒼い瞳を見てナインは苦笑した。 「知らなかった?」 ナインは肩をすくめた。 「だからちょっと油断したんだ。その隙に」 キスされた・・・と沈んだ声でナインは結んだ。 「男同士でチューしたの?」 ナインが力なく頷く。 「不可抗力?」 もう一度頷く。 「いやだわ、ジョーったら。早く言って頂戴」 消毒って何を何で?と身構えたナイン。 しかし、スリーの言う「消毒」とは、彼女の唇の感触で彼の唇に残る記憶を消すことだったようだ。 「フランソワーズ?」 とはいえ、あまりに大胆な行動はナインの想定外だった。 「消毒よ?」 その声と共に赤いマフラーがぐいと引かれた。
スリーの剣幕にナインはわざとらしく耳を塞いだ。
「怒鳴ってないわよ!」
「ああ、そう」
横を向いて小さく息を吐く。スリーに見えないように。
「・・・聞いてるよ。でも何度も言ったろ?フランソワーズだって、わかったって言ってたじゃないか。・・・不可抗力だから仕方ない、って」
「だって!よく考えたら、避けられたはずなんだもの!」
「避けられなかったよ。知ってるだろ?それに、どうして今回に限ってそんなに怒るんだい?リタの事も妬いたりしなかったのに」
「今回はリタの時とは違うでしょう?チューは嫌なの!」
「だから、不可抗力だって」
「嘘つき!」
「嘘じゃない、って」
「ジョーのばか」
「あのね、フランソワーズ」
「知らないっ。ジョーなんて嫌いっ」
「・・・本当に嫌い?」
「そんなわけないでしょう!嫌いじゃないから、怒ってるの!」
その瞳が揺らめいて涙の粒が盛り上がりそうになった時、ナインがソファから立ち上がった。
そうっとスリーの頬に指先で触れる。
「当たり前でしょう。だって目の前で」
「僕が他の女の子とキスしたと思った?」
「だって、したじゃない!」
「うん。不可抗力だったんだ。本当だよ?」
「わかってるわ、でも」
「・・・彼女、男だったんだけど」
「えっ?」
「知らないわ。てっきり女の子だと・・・」
「聞く耳持たなかったくせに」
「だって、言ってくれてたら、私」
「何?」
「消毒したのに!」
彼女なら、本気でアルコール消毒をやりかねない。
「え、あ、」
「足りない?」
「ええっ?」
「じゃあ、追加消毒ね」