消毒?

 

 

「ジョーのばかっ、信じられない!酷いわ!」


スリーの剣幕にナインはわざとらしく耳を塞いだ。

「そんなに怒鳴らなくても聞こえるよ」
「怒鳴ってないわよ!」
「ああ、そう」

ナインはソファの上で身じろぎすると顔を背けた。
横を向いて小さく息を吐く。スリーに見えないように。

「聞いてるの!?」
「・・・聞いてるよ。でも何度も言ったろ?フランソワーズだって、わかったって言ってたじゃないか。・・・不可抗力だから仕方ない、って」
「だって!よく考えたら、避けられたはずなんだもの!」
「避けられなかったよ。知ってるだろ?それに、どうして今回に限ってそんなに怒るんだい?リタの事も妬いたりしなかったのに」
「今回はリタの時とは違うでしょう?チューは嫌なの!」
「だから、不可抗力だって」
「嘘つき!」
「嘘じゃない、って」
「ジョーのばか」
「あのね、フランソワーズ」
「知らないっ。ジョーなんて嫌いっ」
「・・・本当に嫌い?」
「そんなわけないでしょう!嫌いじゃないから、怒ってるの!」

頬を紅潮させ、ナインの目の前で怒りも露なスリー。
その瞳が揺らめいて涙の粒が盛り上がりそうになった時、ナインがソファから立ち上がった。
そうっとスリーの頬に指先で触れる。

「・・・ショックだったんだ?」
「当たり前でしょう。だって目の前で」
「僕が他の女の子とキスしたと思った?」
「だって、したじゃない!」
「うん。不可抗力だったんだ。本当だよ?」
「わかってるわ、でも」
「・・・彼女、男だったんだけど」
「えっ?」

丸くなった蒼い瞳を見てナインは苦笑した。

「知らなかった?」
「知らないわ。てっきり女の子だと・・・」

ナインは肩をすくめた。

「だからちょっと油断したんだ。その隙に」

キスされた・・・と沈んだ声でナインは結んだ。

「男同士でチューしたの?」

ナインが力なく頷く。

「不可抗力?」

もう一度頷く。

「いやだわ、ジョーったら。早く言って頂戴」
「聞く耳持たなかったくせに」
「だって、言ってくれてたら、私」
「何?」
「消毒したのに!」

消毒って何を何で?と身構えたナイン。
彼女なら、本気でアルコール消毒をやりかねない。

しかし、スリーの言う「消毒」とは、彼女の唇の感触で彼の唇に残る記憶を消すことだったようだ。

「フランソワーズ?」

とはいえ、あまりに大胆な行動はナインの想定外だった。

「消毒よ?」
「え、あ、」
「足りない?」
「ええっ?」
「じゃあ、追加消毒ね」

その声と共に赤いマフラーがぐいと引かれた。