確か昼寝をしていたのだと思う。

最後の記憶の映像は、遠くに見える天井だったから。
だからおそらく、畳に寝転がっていて、そして――そのまま寝てしまったのだろう。

その時、隣にスリーがいただろうか。

思い出せない。が、確か――出かける代わりに部屋でごろごろいちゃいちゃしていたはずだから、たぶんいたはずだった。
それとも彼女は席を外していたのだったか。

ナインは頭を振り絞ってみたものの、新たな記憶は湧いてはこなかった。


――フランソワーズ。寝てるのかな。


自分の身体の上にほぼ8割ほど乗せているスリー。
頭はナインの胸の上、身体もナインの身体の上にあり、脚の半分ほどがナインの脚の上にかかっている。
そして彼女の両手はだらんとナインの両脇に垂れていた。
おそらく他人がこの光景を見たら、スリーはナインの上に倒れたのだろうと思うだろう。
最初はナインもそう思って、半ばパニックを起こしかけた。が、すぐにそうではないと思い至った。
ナインの右腕に少しだけ痺れ感が残っていたためだ。
これはおそらく――スリーを腕枕していたからだろう。
もちろん、ちょっとやそっとの重さで腕が痺れたりなんぞしないナインである。
が、彼女を「腕枕」するとなると話は別で、変に力が入ってしまい、結果、痺れてしまうのである。
もう少しこういう機会が増えれば慣れるのだろうけれど、なかなかその機会には恵まれていない。
だから、腕が痺れたということは――スリーがそこに寝ていたという証拠であった。

では、なぜ彼女はおとなしく腕枕されておらずにナインの身体の上まで勢力を伸ばしたのであろうか。


ナインの耳に可愛らしい声が響く。

『どきどきするのを聞くと落ち着くの』

確かそうそう言っていた。頬を紅潮させて、恥ずかしそうに。しかもおねだりするみたいに言われたから、それ以来ナインは彼女に腕だけでなく胸も提供するようになったのだった。
しかし、それにしてもこうして身体全体を預けてくるというのは珍しい。


――起こすべきだろうか。


そもそも、いったい自分はどれくらい寝入っていたのだろうか。
辺りを見回してみてもそれを知る手がかりはどこにもなかった。


ナインの部屋にある和室。
ふだんあまり使っていないその部屋は、スリーが来た時に効力を発揮した。
畳の部屋を見たことがないスリーは、いたくその造作が気に入って、ナインの部屋に遊びに来るとまず真っ先にここへ来るのだ。だからナインも彼女がいる時はこちらで過ごす。


「便利よねぇ。畳って」

こうやってごろごろするのもできるでしょう、それに脚を伸ばせるし。と、実際にごろごろしてみたりするものだから、ナインも一緒に転がった。
そうしてお互いにつつき合ったりくすぐったりしながら――寝てしまったのだった。

確かそれが3時頃。
スリーが、もうすぐおやつの時間だわと言ったので憶えている。
そして今は――障子を通して差す陽射しはまだ明るいから、そんなに経っていないのかもしれない。


「・・・フランソワーズ」

小さく小さく呼んでみる。が、規則正しく胸が動くだけで、彼女の身体はぴくりとも動かなかった。


――人間って、どうして本気で寝るとこんなに重くなるんだろう?

もちろん、ナインだって本気を出せば、身体の上のスリーを除けることくらい簡単である。
しかし、積極的にそれをしたくはなかったのだ。

なぜなら、

――まぁ、いいか。別に苦しいってわけじゃないし。

それに、――柔らかくてあったかくて気持ちいいし。

そういうことである。

うつ伏せになっているスリーはとても無防備であった。
ちっとも警戒していない。

もっとも、警戒されても嬉しくないけれど。

ナインはそう思うものの、この無防備さは天然なのか、あるいは――あなたの好きにしていいのよというナインにとってまったく都合のいい解釈をしてもいいものなのか――どうにも判断がつきかねた。

だから、このままじっとしているしかなかった。


――どうして僕は目が覚めてしまったんだろうな。


苦々しく思う。
目が覚めなければ、こんなにあれこれ邪悪なことを思わずにいられたのに。


――彼女なんだから。


――恋人同士なんだから。


――身体の関係だってあるんだから。


だから・・・


抱き締めたっていいはずだ。


そう思うものの、眠っている女の子に何かするというのはナインのポリシーに反する。だから、黙ってこうして彼女の――そう、彼女の抱き枕のようにじっとしているのである。が。

いかんせん、彼のいうところの「邪悪」な思いは止めようがなかった。


――こんなことを思っているのが彼女に知れたら、絶対に嫌われる。


そう思いつつも、そうか彼女が上になるとこんな感じなのかと思ってしまうのも止められない。そんなの、ずうっとずうっと先の話というのは十分わかっているのに。

早く起きて欲しいような、このままずっと眠っていて欲しいような。
即席の抱き枕としては、まだまだアイデンティティの確立は遠かった。