「分岐点」

 

 

――え。これって……もしかして、

お見合い?

 

 

博士のお供で学会に行ったその帰りだった。
友人だという理学博士と食事に行くことになった。
最初は固辞しようとしたのだけど、是非どうぞと強くすすめられたから、食事くらいならと同席することにした。

そうしたら。
向こうには秘書と名乗る若い男性がいて。

思わず博士の顔を見た。
小さくすまんと言われたから、とりあえず最後まで付き合うことにした。

 

 

***

 

 

自分でも不思議だけど、意外にも――楽しかった。

お決まりのように、あとは若い人同士でなんて言われて二人っきりにされた。
秘書の男性もこういうことには慣れていないようで、照れたように困ったななんて言っていた。
わりと好感がもてた。

だって。
ふつうの男性と話すのは久しぶりだったから。

私のことをサイボーグだと知らないひと。
ふつうの人間の男の人。

ミッション絡みで知り合ったひとは、私のことをサイボーグだと知っているから、どこか――そう、遠慮しているような感じになってしまう。

でも、今日のひとは違った。

本当の普通の男の人。
私のことも普通の女の子として扱ってくれた。

それが何だか新鮮で嬉しかった。

だから、ずうっと忘れていたことを返って思い知らされた。


私はもう、ふつうの女の子ではないということを。


私は人間ではない。


ふつうの女の子ではない。


私はサイボーグ。


改造された人間なのだ。

 

 

 

 

帰りはひとりで歩きたかったから、送ってくれるというのを断った。
バスを降りて、ギルモア邸に続く坂道をゆっくり上っていく。


私はふつうの女の子ではない。

私はサイボーグ。

サイボーグ003だ。

それが苦しくなかったといえば嘘になる。

ミッションで知り合った女の子たち。
みんなふつうの女の子だったから、自分との差に悲しくて仕方なくなったこともある。
でもそれは、嘆いても仕方のないことだったから、いつの間にか我慢できるようになっていた。
我慢する癖がついていた。

でも――今日、は。

それを我慢しなくてもよかった。
だって、今日初めてあったひとには私はふつうの女の子にしか見えてなくて。
私はサイボーグでもなんでもない、ふつうの女の子になることができたのだ。

嬉しかった。

だからその余韻を楽しみながら、ゆっくり歩いていたのだけど。


ふと、足が止まる。

 

――このまま歩いていけば、まっすぐギルモア研究所に帰る。

でも――歩くのをやめたら。


私は研究所に着かない。
サイボーグとして生活する場所に行かなくてもすむ。

もしかしたら、それはいつでも選択できたことなのかもしれない。


このままここに留まれば、私のことをふつうの人間の女の子として扱ってくれるひとたちのなかにいられる。


このまま進めば、私はまたサイボーグとして日々を過ごしてゆくことになる。


このままここから戻るのか。


あるいは、このまま進むのか。

 

私は――帰らなくてもいいのかもしれない。