「月夜」
「お月見をしよう」と言い出したのはナインだった。彼はああ見えて日本の行事には詳しくうるさい。 泊りがけで学会へ出掛ける博士とイワン。 二人しか、いない。 夕ごはんを作っても、一緒に食べるのはナインだけ。 朝から落ち着かない私をよそに、ナインは平然とススキを切り、お団子を買いに走り、ひとりでテキパキとお月見の用意をしていた。 夕ごはんを食べてから――何を作ってどんな味だったのか覚えてない。ナインはおかわりしていたみたいだったけれど――バルコニーに出た。 綺麗な月だった。 ナインが「月が出てるよ」と呼びに来て、そのまま流れで一緒に月を見つめる事になった。 少し身体を動かせば、肘がぶつかってしまう。そのくらい近くにナインがいて――私はお月見どころではなくなってしまった。
「日本では、月にウサギがいる、って言うんだよ」 唐突に話し始めたナイン。 「ウン。ホラ、月の表面の模様がウサギみたいに見えるだろう?」 指差されるけれど、全然わからなかた。 「んー・・・わからないかな・・・いい?月でウサギが餅ついてるんだよ」 そうしてナインが私の視線を追うように、私の頬に頬を寄せた。 「ホラ、あそこ。――上のほうの、分かれているトコロが耳」 けれどもナインは全く動じず、講義でもするかのように真面目な声で月を指し解説する。 「どれ?――わからないわ」 ウサギ、ウサギ、ウサギの耳・・・ 私は夢中でナインの示す先を探した。ナインの視線を追うように、ナインの見ている方角と一致するように、ナインの体に身を寄せて。 「ホラ。――わかった?」 再度ナインに寄り添い、ナインと一緒に見つめるナインの指先。 「――あ!」 ウサギがいた。ウサギが――お餅をついてる! 「見えたわ、ナイン」 嬉しくて、思わずナインを見ようとしたら。思ってもいないくらい近くにナインの顔があって驚いた。 「あっ、ナイン・・・」 でもナインは平然と微笑むばかり。 「――ウサギに見えた?」 瞬時に熱くなる頬を隠すこともできず、私は慌てて下を向いた。暗くてよかったと思いながら。 「ウサギがついた餅でも食べよう」 そう言って、ナインはさっさとリビングに通じるフランス窓の方へ歩いていく。 「あ、ナイン」 お茶でも淹れるわ、と言い掛けた私は、室内へ一歩足を踏み入れた姿勢でこちらを向いたナインに言葉を失った。 「スリー?」 訝しげに眉間に皺を寄せているナイン。でも―― 「んん。何でもない」 フンと鼻を鳴らし、そのまま部屋の中へ消えてゆく。 だって・・・ 私はこのままここに居ようか、リビングでお茶の用意をしようか迷い、結局、頬の熱さが取れるまで月を見ていることに決めた。
――ねぇ、月にいるウサギさん。 ナインの頬も赤くなっていたのって・・・見間違いじゃないわよね?
お茶を淹れて、リビングのソファに並んで座り、お月見団子を食べていると、突然背後から声がした。 「誰だ!」 そこに居たのは。 「セブン!?」 私とナインの声がかぶった。 「――あ。忘れてた」 「ひどいや、アニキっ。スリーもだよっ」 そう・・・私とナインは今日一日ずっと、セブンの存在を忘れていたのだった。
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