「売約済」

 

 

「今日から俺の女になれ」


スリーは目を見開いた。
突然過ぎて、何を言われたのか理解するのに数秒かかった。

「なっ……」

そして理解すると共に、頬に熱が集まってきた。

「いいな」

有無を言わせない。否、当たり前のように宣言すると、彼はスリーを抱きよせた。
抗うひまも無かった。

 

 

***

 

 

スリーが攫われた。
それは何度目になるだろうか。
以前から、スリーは敵に攫われることが多かった。毎回それなりに警戒していたのになぜか攫われてしまう。
その謎を解明し始めた矢先のことだった。

決して警戒を怠っていたわけではない。

が、しかし。

いまここにスリーがいないのは現実であったから、ナインはすこぶる機嫌が悪かった。
隣にスリーがいないというのは、落ち着かないことこの上ない。例え戦力にならずとも、スリーの存在は大きかった。彼女の役割は戦力とは関係ないところにあるのだ。

ナインはじっと中の様子を窺った。

ドアを隔てたむこうには、おそらくスリーがいるはずである。


ナインがいまどこにいるのかというと、敵のアジトであった。

スリーが攫われやすいというのは厳然たる事実であるが(そしてそれが何故なのかは解明中の謎なのであるが)
「何度も」攫われているということはつまり、何度も救助されているということを指す。
そしてその救助にあたるのは当然の如くナインである。
スリーがいとも簡単に攫われるのは非常に不本意ではあるが、少なくとも24時間以内に無事に救出するというのは彼のなかで彼が作ったきまりであった。

以前、救助までに数日かかったことがあった。もちろん、スリーは無事に救出したのだけれど、無事ではなかったものがあったのだ。

それは――ナイン自身でさえなかなか気付かなかったのだけど――ナインの心の問題であった。

簡単に言ってしまえば、落ち着かないのだ。スリーがいないと。
きっと無事だろうと信じていても、それでも――落ち着かない。

セブンに言わせれば、落ち着かないどころではなく「アニキってばなんか嫌な感じになるんだよなあ」というくらい変わるらしい。表面上はいつもと全く変わりがないが、中身は比べようがない。
常に正義の戦士であり、思いやりと強さを併せ持つ存在。それが009のはずなのに。スリーがいないと、――冷たく非情な正義の戦士――に、なりかねないのだ。

もちろん、ナインはそれをはっきり自覚してはいない。

ただ、なんとなく心が冷えるような――あらゆることがどうでもいいような、正義の戦士としてはまったくもっていただけない感情が席巻してしまう。

世界が滅んだって関係ない。スリーがいない世界ならどうでもいい――。

一度だけ、そんな思いが脳裏をよぎってナインはとても驚いた。正義の戦士である自分がそんな考えを持つなど、思いもしなかったのだ。

それ以来、ナインは決めていた。

ともかくさっさと救助して落ち着こう、と。
スリーがそばにいれば、自分はいつもの通りの正義の戦士でいられるのだから。

 

 

***

 

 

敵というにはあまりにもお粗末な敵だった。

だからナインは、見張りが交代するまで待つつもりだった。
目の前の扉など簡単に突破できる。が、スリーを連れて逃げるぞと敵にわからせる必要はないのである。
隙をついてそっと抜け出す。敵がスリーをロストしたことに気付くのは数時間経ってから。
それがベストの作戦だった。

しかし。

事情が変わった。

室内には敵のボスがいるようで、さっきから大声で何か話しており――スリーに向かって何か喋っていた。
その言葉を聞いた瞬間、ナインの頭から作戦など吹っ飛び、気付いたら室内に飛び込んでいた。


「ジョー!?」


驚いたようなスリーの声に構わず、ナインは周囲の雑兵を薙ぎ倒し、目の前のボスの腕を捻り挙げた。
痛いとわめくのを全く無視し、腕が折れる直前で解放した。

戦意を消失した敵に冷たく言い放った。


「悪いが、彼女は売約済みだ」

 

 

***

 

***

 

 

「ね。ジョー」


ナインは応えず、飛行艇の操縦に専念している。


「売約済みってなんのこと?」

「……さあな」

「何か買ったの?」

「……」

「何か売ってたの?」

「……」

「ねえ、ジョーったら」

 

俺の女って意味だよ

 

とは言えず、ナインはただ無言で操縦するのみだった。

 

 


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