「倍量」

 

 

「ねぇ、ジョー?」

「うん?」


僕はフランソワーズの声に顔を上げた。
さっきまでパソコンを前に難しい顔をしたまま静かになっていたフランソワーズ。


「なに?」


僕が教えるよというのを固辞して、何かをこっそり調べていたけど、やっぱり最後には僕を呼ぶんだな。素直じゃないなぁ、相変わらず。

ま、そこが可愛いんだけどね。


「あのね」


頬を紅潮させ、蒼い瞳をきらきらさせて。うわあ、フランソワーズ。駄目だよ、反則だ、その顔は。
心臓を射抜かれた僕は静かに深呼吸すると、頬を引き締めてフランソワーズを見た。


「どうした?」
「ん。あのね。ブログってあるでしょう?日記みたいなの」
「ああ」


あれだ。
全世界に向けて己の勝手な思いを垂れ流す日記。
全く、何が楽しいのかわからない。
自分の思いなどノートにでも書いておけばよろしい。


「いま芸能人ブログって多いでしょう?」
「そうらしいな」


芸能人に限っては、商売の一環だからなあ。
読まれる事を前提にしながら、一見プライベートに見えるような無難な記事を書かなくてはならない。
それなりに大変だろう。
が、それがどうかしたのだろうか。


「ジョーは書かないの?」
「は?」
「ハリケーンジョーでしょう?芸能人じゃない」


芸能人・・・。


「あったらいいなあ、って」


夢見るように言うフランソワーズから目を逸らし、僕はソファに深く座って胸の前で腕を組んだ。
――僕が芸能人、ね。なるほど。


「読んでみたいな、ハリケーンジョーのブログ」
「・・・あのさ、フランソワーズ。もしかしてさっきから探していたのって」
「そうよ」


そうよ、って・・・。


「僕はそういうのはやらないよ」
「どうして?」
「・・・プライベートを垂れ流す気はない」
「んー、でも、ほら。好きな芸能人のが見られるのって嬉しいし、テレビよりも身近に感じるわ」
「ふん。別にわざわざネット越しに見なくても直接会えばいいじゃないか」
「そんなこと言ったって、毎日ずうっと会えるわけじゃないし、会うのだって24時間一緒にいられるわけでもないし・・・」


だんだん声が小さくなってゆくフランソワーズ。
・・・あれ?


「ええと、その、フランソワーズ?」


真っ赤な頬ときらきら輝く蒼い瞳。
僕と目が合うと下を向いてしまった。


「それって・・・」


そういう意味?


「ねっ?だから書いてくれる?」
「イヤだ」
「えー」
「そんな顔したって駄目だ」
「けち」
「・・・あのね、フランソワーズ。いいかい?そりゃ、そういうの書くのは簡単さ。ファンサービスの一環と考えれば事務所だって承諾するどころかむしろ推奨すると思う。でもさ、・・・世界中の誰もがアクセスできるんだぞ」
「・・・世界中の誰も、が?」
「そう。それがブログというものだ」


フランソワーズはじっと考え込んでいるようだった。


「・・・みんなが、見るの」
「そう」
「ハリケーンジョーの」
「うん」
「・・・そんなの」


ほら、そうだろう?
そんなのイヤだろ?
独り占めできないんだからな。


「凄いわ!」
「へ?」


なんでそこでテンションが上がるのだろうか。


「私、ハリケーンジョーのファンだから嬉しいっ!」
「・・・」


・・・なんだろう。「ハリケーンジョー」をぶっとばしたくなってきた。


「――ねぇ、フランソワーズ?」
「なあに、ジョー」
「ちょっと聞くけどさ。・・・その」


僕は「ハリケーンジョー」を連呼しているフランソワーズをちらりと見つめ言葉を続けた。


「・・・君はハリケーンジョーと僕と、ど」


どっちがいいんだい?・・・って!!
いったい僕は何を訊こうとしてるんだ!
こんなの、グラビアアイドルと私とどっちがいいのってクダラナイ質問をする女子と一緒じゃないか!
フランソワーズだってそんなクダラナイ質問などしてきたことはないっていうのに。

僕は低く唸って彼女から目を逸らした。
内心、頭を抱え深く深く落ち込んでゆく。


「ん、なあに?ジョー。ハリケーンジョーと・・・?」
「いや、いい。気にしないでくれ」


フランソワーズはちょっと黙ると、僕の隣にちょこんと腰掛けた。


「ジョー?」
「・・・」
「もしかして・・・妬いてるの?」


うるさいな。


「ハリケーンジョーのファンって言ったから?」


うるさい。


フランソワーズがくすくす笑う。ああ、なんて可愛い声なんだ。
僕はその可愛い声の誘惑に負けて彼女に視線を戻した。


「もうっ・・・ジョーったら」


フランソワーズは僕の鼻をつんとつつくとにっこり笑った。


「妬いてくれたの、はじめて」


えっ!?
そんなはずは――


「でも駄目じゃない。自分にやきもちやいたら」
「僕とハリケーンジョーは別人なんだろ。前にそう言っていたじゃないか」
「別人よ。でも両方好きなんだもの」
「え?」
「あ、やだもう」


フランソワーズが頬を赤くして口元を手で隠すけれど、もう遅い。
つるっと出てきた言葉はしっかりと僕のなかに入った。


「ふうん。なるほど」
「やだわ、違うもん」
「じゃあ嫌いなんだ?」
「そうじゃないわ。もうっ、ジョーの意地悪っ」


僕は笑いながらフランソワーズの頬をつっついた。
両方好きってことは、つまり――二倍好きだということだよなと思いながら。

 

でも、いいかい?フランソワーズ。
僕はその更に倍倍倍のそれ以上、君が好きなんだからな。

 

言わないけど。