――結局。


ナインはぼうっとした頭で考えた。

結局自分は、どうあってもスリーには勝てないのではないだろうかと。

否。

勝てないのではなく、勝つ気がないのだろう。たぶん。

自分には弱点がないのに彼女のせいで弱点ができてしまったと言っている場合ではないのだ。おそらく、最初から試合放棄をしているのだから。

弱くなったのは自分のせい。

スリーを弱点にしてしまったのも自分。

結局、自業自得なのだ。
しかもそれが――困ったことに――苦痛ではないときている。
だから克服する気もない。

なんということだ。

自分は――僕は、スリーになら何をどうされてもいいと無条件に決めてしまっている上に、それを望んでもいるのだ。
苦痛どころか、嬉しかったりもしている。

そう。実際、スリーにあれこれおねだりされたりお願いされたり、わがままを言われたりするのは嬉しいのだ。イヤだやらないと言っても、結局いつかは彼女の思うとおりにしてしまう自分も実はイヤではない。

――最強だ。

まさに最強の存在なのだ。彼女は。

 

「ジョー?どうかしたの」


お土産にデパートの地下で買ってきたケーキを頬張りながら、スリーが小さく首を傾げた。
ピンクのストライプのカチューシャが可愛らしい。

「食べないの?」
「いや・・・」

なんだか食欲がない。

「美味しいのに」
「甘いのはちょっと」
「知ってるわ。だから、甘くないのよ」
「甘くないケーキなんてあるのか」
「そうよ。だから騙されたと思って食べてみて」
「ん・・・」

それでもなんだか気力が湧いてこない。
何しろ、起きたばかりなのである。
スリーにとっては一仕事終わった午後であっても、ナインにとっては起きてからまだ小一時間であった。
しかも内容の濃い一時間である。


「はい、あーん」


スリーがフォークを差し出す。
口元にケーキを持ってこられ、ナインはしぶしぶ口を開けた。

「ん」
「ね?どう?」
「・・・・・・・甘い」
「ええっ、そうかしら。甘さ控えめって書いてあったのに」
「・・・あのな。甘さ控えめっていうのは甘くないっていう意味じゃないよ」
「だって甘いのを控えているのよ。普通のより甘くないでしょう」
「それはそうだけど」

妙な理屈にナインはちょっと笑った。
ともかく、妙な日曜になってしまったけれど、スリーと一緒にいるのは楽しいのだ。
例え、寝込みを襲われたのだとしても。

「今日はゆうごはんを作っていくわね」
「うん?」
「もう材料も買ってきちゃったから、駄目っていっても作っちゃうわよ?」
「駄目なんて言わないさ。何、作るの」
「ハヤシライス」
「ふうん」

ナインの好物であった。

「だから帰りは送ってね」
「・・・遅くなるつもり?」
「バスがなくなっちゃうもの」
「いや・・・送るのは構わないさ。いつもそうだろう?」
「・・・そうだけど」

スリーはちょっと下を向くと頬を染めた。
ナインはそんな彼女を見て笑うと、フォークでケーキをひとくち切って彼女の口元に差し出した。
さっきのお返しである。

「――ほら。口開けて」

スリーは顔を上げて差し出されたケーキをちょっと見て――そうしてぱくりと口に含んだ。


「送るのは明日の朝でもいい?」

「えっ・・・」


そんなつもりじゃ、と小さく口のなかで呟くが、ケーキと混じって声にならない。
ナインは聞こえたのか聞こえなかったのか涼しい顔だ。


「そ・・・」

そんなの。

返事はケーキとともに口のなかに消えた。

甘さ控えめのはずなのに、甘かった。