「白馬の王子さま」

 

 

私には白馬の王子さまは来ない。

きっと、迎えに来る途中で道に迷ったのか、あるいは遠くから私の姿を見てがっかりしたのかもしれない。
ともかく、私には白馬の王子さまなんてやっては来なかったのだ。

 

 

***

 

「白馬の王子さま?そりゃまた、えらい乙女チックだな」

ナインが呆れたように言うから、私はそんな話をした自分を呪った。

「ナインにわかってもらおうなんて思ってないわ」

にやにやしているナインにくるりと背を向ける。

「女の子はみんな、そういう夢を一度は見るものなのよ」
「ふうん?でも実際、白馬に乗って現れたら驚くと思うよ」
「――もう。どうしてそんな風に茶化すの?」

思わず振り返り、ナインを睨みつける。

「現代に当てはめれば白馬は自動車なの。颯爽と素敵な車に乗って現れるスーツのひとが白馬の王子さまなの!
わかった?」
「へぇ――そういうのがいいんだ?」
「そうよ!ナインにはわからないでしょうけれどね!」

つんと横を向く一瞬前、ナインはにやにや笑いを引っ込めていた――ように、見えた。
でもナインの顔は見ない。
私は怒っているんだから。

「そういうナインだって、きっと誰かの白馬の王子さまなのよ?」
「僕が?」
「そうよ。男のひとはみんな、誰かの王子さまなんだから」

するとナインは失礼にも噴き出した。

「やめてくれよっ・・・僕が白馬の王子さまだって?そんなの、臍で茶を沸かしちゃうね」
「何よ、そんなことばかり言って。ナインだって、絶対誰かの白馬の王子さまに決まって――」

・・・あれ?

「――だから、早く迎えに行かないと・・・」

なんだろう。
なんだか凄く――胸が詰まる。

「――ふむ。なるほど。だったら迎えに行かなくてはいけないのだな」
「ええそうよ。だから、――」

ナインが誰かの白馬の王子さま。

誰かの。

「それは男の義務なんだな?」
「ええ、だから早く行ってあげなくちゃだめなのよ」
「ふうん――」

ナインが近付いてくる。彼の足音でわかる。

「だったら」

目の前に黒い瞳が現れた。

「どうして泣いているんだい?」
「え・・・」

慌てて顔を拭うと頬に涙が流れているのがわかった。

「・・・あ。やだ。どうして私・・・」

泣いているの?

「――あのさあ」

ナインは身を引くと、呆れたように私を見つめた。

「きみ、もしかして自分には白馬の王子さまは来ない――なんて、思ってるんじゃないだろうね?」
「えっ・・・」
「――図星、か」

やれやれ、と大仰に肩を竦めて見せる。

「・・・しょうがないなあ」

ううんと唸りながら、自分の髪をくしゃくしゃにかき回す。

「なんで、もうとっくに迎えに来てる、って思わないわけ?」

 

***

 

いつかどこかからやって来るはずの、白馬の王子さま。

待っても待っても姿が見えないのは当たり前だった。

私の白馬の王子さまは、とっくに迎えに来て――いま隣に立っていたのだから。