「背伸び」
あとで、ちゃんとしたちゅーをしてね? ・・・よくよく考えてみれば、随分大胆なコトを言ったものだと思う。 「あとで」っていつなんだろう? 「ちゃんとしたちゅー」って、つまり、いつものちゅーのことのつもりだけど、・・・そうよね・・・? 自分の言った言葉の意味と、ナインが受け取った言葉の意味が果たして一致しているのかどうか、スリーにはわからなかった。 私は、「あとで」ってつまり――おうちに帰ってから、っていう意味で言ったんだけど。 けれども、ナインの足が彼の自宅へ向かっていることに気付いてスリーの心は波立った。 ――もしも。 そうよね?フランソワーズ。 大丈夫・・・よ、ね? だからナインは繋いだ手を握り直した。 *** 「え。ジョー?」 どうして? 車のドアに手をかけたまま、乗ろうとしないスリー。 「・・・ジョー」 それはスリーが考えていた通りの、恋人同士のキスだった。それ以上でも以下でもない。 「・・・フランソワーズ?」 しかし。 離れたくないの。 もっと一緒にいたいの。 蒼い瞳が揺れる。 それともこんな想いは迷惑なのだろうか。女の子なのにはしたない――と思われているのだろうか。 いつものキス――ではない。 そんなキスだった。
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手を繋いで歩きながら、スリーはちらちらとナインの横顔を窺った。
そしてその「おうち」というのはギルモア邸のことなのよ。で、「ちゃんとしたちゅー」っていうのはつまり、恋人同士のちゅーのことで・・・
え、嘘!
どうして――ううん、待って。そうよ、「あとで」「おうちに帰ってから」っていうのがナインの家だとしても別におかしくはないわよね?そうよ。・・・おかしくないわ。ええ。ただ――
ちゅーだけで終わらなかったら?
それ以上――のことが待っているとしたら?
知らず、スリーは繋いだ手をぎゅっと握り締めていた。
――平気。平気よ。いいわよね?フランソワーズ。
だって私とナインは恋人同士なんだし、そしてそのう・・・そういうことだって、交わした仲なんだから。
ええ。怖くは無いわ。そうよ、いずれ二回目とか三回目とか四回目とか五回目とか六回目とか――つまりそういうことをするのが「普通」になってゆくはずなんだから。
だから、・・・「いつかくるその次」が今日になったっておかしくはないはずよ。
口元を引き締め軽く顎を引いて。まるで何かを決意したかのような様子のスリーにちらりと視線を投げて、ナインの頬は緩んだ。ついでに口元も緩みそうで、慌てて頬の内側を噛む。
可愛く何かを決心した彼女を笑ってはいけない。それが、可愛くて愛しくていじらしく思えて出た笑みだとしても、きっと彼女は誤解してしまうだろう。
怖くないよ。という意思をこめて。
スリーは思わず足を止めていた。
「なに?」
見返すナインの顔を呆然と見つめる。
「だって」
ナインの自宅であった。が、着いてもナインはエントランスに入らず、建物をぐるりと回って駐車場に向かったのだった。
「どうし――」
大きな蒼い瞳が問いかける。
対する黒曜石の瞳は優しく答えた。
「送っていくよ。何か不思議かい?」
――だって。
可愛く決心したスリーの気持ちだけでナインはじゅうぶんだった。
まだ――時期ではない。彼女の気持ちは、まだ追いついてはいない。
追いついてはいないのに背伸びをしてくれたのが嬉しくて、ナインはそれだけで良かった。今のところは。
ナインはちょっと首を傾げ、そしてスリーの両肩に手をおくと優しくそうっと抱き寄せた。
「ちゃんとしたちゅー。後でするって約束だから」
いつもの、慣れたキス。
そうしていつものように離れるナイン。
が、今日は――なんだかそれがイヤだった。
何故なのかはスリー自身にもわからない。ただ、このまま離れてしまうのがイヤだった。
唇を離しても、俯かないスリーにナインは動揺する。
いつもは恥ずかしそうに俯いて、そんな彼女を胸に抱き締めて――キスは終わる。
「・・・ジョー」
足りないの。
と、スリーが不安になりかけたとき、ナインがそうっと唇を重ねた。
いつもより深くて、いつもより、ほんのちょっとだけ――「好き」が多かったような気がした。