「寄せて上げて」 〜嫌なジョー 2〜

 

スリーは落ち着かなかった。

前回、サーキットに来た時に「次は寄せて上げて来よう」と固く心に決めていたものの、いざ本当に寄せて上げてみると
ふだん慣れ親しんでいる谷間よりずいぶん深くなっていたのだった。
そのぶん、いつもより布地を押し上げているような気がする。

そうすると、今まで気にならなかった胸元の開き具合がとっても気になった。
ほんの少し屈んだだけでも、谷間が見えてしまうのではなかろうか。
いやいや、まさにそれが狙いの「寄せ上げ」なのだから、これでいいのだわ。と複雑な思いを抱え、パドックにいた。


今回はナイトレース。
サーキットは無数の照明に照らされキラキラと輝いていた。

 

スリーは落ち着かないまま、ナインが来るのを待っていた。

・・・ジョーは気付くかしら。いつもと違う、って。

けれども、すぐに首を横に振る。

ううん、気付くも何もないわ!レース前なんだから、そんなこと考えるわけないじゃないの。
私ったら、自分のことばっかり!

軽い自己嫌悪に陥った時、ナインがこちらにやって来た。

 

「フランソワーズ」
「ジョー」

やっぱりレーシングスーツ姿がかっこいいわとスリーはほわんと思った。

「退屈してないかい?」
「ええ、大丈夫よ」
「こんな隅っこじゃなくて、ちゃんと向こうでみんなと観てて」
「ん・・・でも、邪魔じゃないかしら」
「邪魔なもんか。ほら、来て」

ナインに手を引かれ、モニター前に連れて行かれる。

「みんないいヤツばかりだから。何かあったら、遠慮しないで言うんだぞ」
「わかったわ」

じゃあ、と片手を上げ足早に去ってゆくナインを見送り、スリーは小さく溜め息をついた。


ほらね。
やっぱりジョーはいまそれどころじゃないのよ。ちらとも見なかったし、何も言わなかった。全然、気付いていなかったもの。
それにこんなの、ちょっとくらい寄せて上げたって自分で思うほどには変わりがないんだわ。

ほっとしたような、ちょっぴり悲しいような思いか混ざりあう。
そんなナイトレースであった。

 

一方、ナインはというと。

マシンに向かってスタスタ歩いているものの、内心酷く動揺していた。


なななんだ、今日のフランソワーズは!いつもと違うじゃないか!
あんなに、あんなに・・・胸が大きかったか?

ナインの脳裏に、ちらりと見えた、見てしまったスリーの胸元が浮かぶ。

白くて柔らかそうで、あったかそうで・・・

ナインは頭を振って、その映像を追い出した。

いかん。今はそんなこと、考えている場合じゃない!

しかし、思わず自分の手を見てしまう。

・・・効果あったのか?

イヤイヤ断じて違うと否定する。

そうだ、違うぞ。

大体、そういう機会には恵まれていないのだから。
だから、効果も何もないのである。
ないはずだった。

しかし。

――いや、明らかにいつもと違っていた。

ナインは顎に手を遣り険しい瞳で一点を凝視した。
傍目には、レースへの集中力を高めているように見える。

まさか、誰かが・・・?
・・・いや、そんなはずはない。

第一、少しくらい揉まれたからといって女性のバストが大きくなるわけないのだ。
そんなものは医学的根拠もなければ、統計だって存在しない。全ては男性の幻想である。
だから、それを知っているナインにとって謎は深まるばかりだった。

とはいえ。

どんなカラクリがあるにせよ、ナインにとってマイナスになるはずもない事であるのは間違いない。
何より眼福であり、目の保養にはなっているのだから。
目で楽しむだけ――というのがなんともやるせないところだけど。


――ともかく、全ては終わってからだ。

 

マシンの前に来ると、ナインは全ての雑念を振り払った。
そして、いつものようにヘルメットにキスをすると乗り込んだ。

既に瞳は「ハリケーンジョー」という勝負師の色であった。