「ごめんね、フランソワーズ」

side F

 

 

いつもまっすぐで正しい、正義の味方。
品行方正、博愛主義の。

それが、ナイン。

私の恋人。私のカレシ。

 

***

 

 

「怖いわ、ジョー!」

「大丈夫。僕がついてるよ」

 

博士の友人の娘を救助するときも、変わらず優しい。
彼は誰に対しても同じように優しいのだ。
それがナインなのだから。
特別扱いなんてしない。

 

「大丈夫か、スリー」

「ええ、大丈夫よ」

 

ナインが振り向く。
転んだ私はひとりで起きる。

ナインは手を貸さない。
私も彼の手助けは要らない。

 

「ケガは?」
「ないわ」
「よし。行けるね?」
「ええ!」

そうしてまた走り出す。
彼は博士の友人の娘を抱えて。
私はその後ろを守りながらついてゆく。

捻挫したなんて報告はしない。
言ったら、ナインは絶対に放っておかない。
走る速度を緩めてしまう。
私のために。

そんなことは許せなかった。
足手まといにはなりたくない。私だって戦士なのだから、自分の面倒は自分でみられる。

だから、ナインから少しずつ遅れてもなんとかするつもりだった。

追手は来ない。多少、足を引きずっても歩けるうちは問題ないだろう。
とにかく彼女を安全な場所に連れてゆくのが先決だった。
こちらにはスーパーガンもあるし、大丈夫。

 

***

 

たぶん、敵は私たちを追うのを諦めたのだろう。少なくとも、それらしい影は見えない。
私は幾分ほっとしながら、やっとの思いで歩いていた。
随分酷く捻ったらしい。
ブーツの中身がどうなっているか考えたくもなかった。
頑張って歩いているのに、徐々に歩みは遅くなっていった。
一歩一歩が痛みを増強させてゆく。
額に汗が滲んでいた。
脂汗かもしれない。もしかしたら、捻挫ではなく折れたのかも。
唇を噛んで痛みを堪える。

大丈夫。まだ歩ける。

まだ大丈夫。

 

 

***

 

ふっと体が宙に浮いた。

 

えっ?

 

見えたのは、白い防護服。
見上げた先には黒い瞳の。

「・・・ナイン」
「黙ってろ」
「でも」
「痛むんだろ?」
「・・・」
「すぐ手当てするから」

 

***

 

私の足首は一部骨折していた。
博士はどんなにか痛かっただろうと涙ぐんだ。
ベッド上安静の私に、セブンはあれこれ世話をやいた。

そしてナインは。

 

「・・・無茶するな」

 

静かにひとこと。
以前なら、うるさく説教をしていたのに今はしない。

その代わり、すごく痛そうな顔をする。
そんな顔をするのは今に始まった事ではないけれど。

それでも、無言でそういう顔をされると何て言ったらいいのかわからない。
ナインは責任感が強いから、私が自分のドジで転んだだけでも、まるで自分の責任みたいに感じているのだろう。

「・・・ジョー?」

黙ってベッドサイドに佇んでいるナインにおそるおそる声を掛けてみる。
するとナインはポツリと言った。

「・・・痛む?」
「ううん」
「嘘つくな」
「だって大丈夫だもの」
「・・・気付くのが遅くなって」
「私ったら、ほんとドジよね」

ナインの声を遮って、私はわざと明るく言う。
ナインに謝らせたりなんか、しない。絶対に。

だって、ナインが責任を感じる必要なんか無いのだから。

「フランソワーズ」

そんな怖い顔をしてもダメ。

「すぐに良くなるから、本当に心配しないで。ね?」

ナインは黙った。

「もう、私ったらとんだ足手まといで嫌になっちゃう」

そう言った途端、ナインはベッドに拳を打ち付けた。

 

いったい、何?

 

「黙れ!」
「・・・え」
「うるさい、黙れ!」
「えっ、でも」
「黙れ黙れ黙れっ!」

 

ジョー?

 

「なんでいつもそうなんだよ?いつ誰が足手まといだなんて言った?」
「でも、」
「黙って聞け!いいか。きみはずっと前からそうなんだ。いつも自分ひとりで何とかしようとする。いくら頼れといっても、そうしない。それは僕が頼りにならないからなのか?」
「ちが」
「どうして守らせてくれないんだ!」
「だって、あなたが守るのは」

要救助者であって、私ではない。

「なんでわからないんだよ!?僕が守りたいのはフランソワーズ、きみだ!」

ナインは優しい。
ケガをした私をそう言って慰めてくれる。

でも。

 

「・・・ありがとう。嬉しいわ」

優しい嘘なのは、わかっているから。
ナインは私の言葉を聞くと、もう一回ベッドに拳を叩き込んだ。

「違う!そうじゃない!何でわからないんだ!?」