ナインはあれきり姿を見せない。

黙ったままの私を睨みつけて出ていってから、一週間がたっていた。

足の具合は順調だった。
もう立ってもそれほど痛みを感じない。
セブンはまだ無理しちゃダメだと言うけれど、じっとしているのも飽きていた。

「オイラ、アニキに叱られちゃうよ」
「あら、大丈夫よ。ナインはずっと来ていないんだし」
「・・・うん・・・」

セブンは何だか複雑な顔をして、しぶしぶ頷いた。

ナインの顔色を窺うなんて、どうかしてる。
だって、ナインはきっと私に呆れて・・・もしかしたら、愛想つかせたかもしれないのだから。
こんな可愛くないカノジョなんか要らないのだろう。

きっと、可愛く頼ってくれる子の方がいいのだろう。

だったら、それでいい。

だって私は、ナインに頼って自分ひとりでは何もできない子にはなりたくない。

私はナインを守りたい。
いつも危険に臆することなく立ち向かってゆくナイン。
彼は色んなものを守るけれど、だったら彼は誰が守ればいいの?

私はナインを守りたい。

甘えて何でもしてもらうのは嫌なの。

 

私は・・・

 

 

 

 

・・・私は。

 

ナインに甘えて貰いたいのかもしれない。

 

自分の思考が行き着いた先に驚いた。

私、ナインに甘えて欲しい、って思っていたの?

 

気付かなかった。
自分の考えに驚いて、階段を踏み外した。
全く、なんてドジなんだろう?油断するにもほどがある。

せっかく治ってきていたのに。

けれども、階段の下には何故かナインがスタンバイしていて、当たり前みたいに私を受け止めた。

「危ないなあ。気を付けなくちゃダメだろ」

どうしてナインがここにいるの?

私がじっと見つめると、ナインは顔を赤らめた。

「別に驚くことじゃないだろう?」

だって。

「・・・恋人の様子を見に来たらおかしいかい?」

どうしてタイミング良く階段の下にいたのか、答えになってない。
ナインは私を抱き上げたまま階段を上ってゆく。

「・・・僕がいると、何だかわからないけどきみの機嫌が悪かったから、ずっと部屋には入らなかったけど」

私を抱いたまま、器用にドアを開ける。

「でも、毎日ここには来ていたんだよ?気付かなかった?」

 

私は静かにベッドの上に下ろされた。

ナインが毎日ここに来ていたなんて知らない。目も耳もスイッチを入れていなかったし。

「・・・まるでストーカーだよなぁ」

ナインが溜め息と共に言う。

「まあ、まるで、じゃなく確かにストーカーなんだけど」

ベッドに腰掛け、じっと私の顔を覗きこむ。顔が近い。

「・・・来ていたなら、言ってくれたらよかったのに」
「僕がいたら機嫌が悪くなるだろう?」
「・・・そんなことないわ」
「そうかな。いくら僕でも、あからさまに嫌な顔されたら、ちょっとへこむよ」
「嫌な顔なんて」
「してただろう?」
「ちが」
「違わない」

 

だって。

 

私は黙ってナインに頼って甘えられるような、可愛い女の子じゃないから。

きっとナインは、自分に甘えてくれる可愛い子の方が好き。
そういう子の方が彼には似合う。
私みたいに意地っ張りなのは似合わない。

ナインに甘えて欲しい、なんて思い上がりもいいところ。

 

「・・・ほんとに、どうしていつもそうなんだい?」

悲しそうな瞳。
いたたまれず、目を背ける。

「なんでも自分ひとりでやってしまう。僕がどんなに怖いかわかってない」

 

・・・怖い?

 

「不思議かい?僕が怖がるなんて」

そうっと手が伸びて私の頬に触れる。

「ついて来ていると思っていたのに、振り返ったら姿が見えなかった。・・・本当に、あんな怖いことはなかったよ」

抱いていた彼女をセブンに放り投げ、すぐさま来た道を逆に辿ったらしい。

「きみの姿が見えた時は、ほっとして倒れるかと思った」
「大袈裟ね」
「本当の事だからしょうがない。・・・頼むから。僕に守らせてくれ」
「イヤ」
「フランソワーズ」
「イヤ。そんな事言うジョーは嫌い」
「・・・いいよ、嫌いで」

ジョーは優しい。
でもその優しさは私だけに向けられているわけではない。

全ての人類のために。
全ての生命のために。

それが009なのだから。

 

「――だけど、僕は・・・」