side J

 

 

大丈夫、と言っていたんだ。
「私は大丈夫」って。

だから僕は、彼女の言葉を信じた。

 

***

 

背後で何かが転がる音がして、振り返ったら003が倒れていた。
足場が悪い場所だったから、彼女が走るのはちょっと大変かもしれないとは思っていた。
だけど、僕は手伝えなかった。
何故なら、博士の友人の娘を腕に抱いて走っていたから。

彼女が攫われて、それを助けに行った僕たち。
あとは脱出するだけだった。セブンが待っている所まで。
そんなに難しいことではなかったから、仲間は呼び集めず日本にいる者だけでこなした任務だった。

僕は咄嗟に少女を下ろして003に手を差し伸べようとしたのだけど。

「いやっ、怖い!」

首筋にすがりつかれて出来なかった。それに、003は「私は大丈夫!」と言ったから。
それ以上、何ができるだろうか?
ともかく、腕の中の少女を安全地帯に運ぶのが先決だった。

僕の後ろでスーパーガンを構えながら走っていた003。
僕は背後を彼女に任せていた。

そのあとも速度を緩めず、予定時間内にセブンと落ち合った・・・の、だけど。

 

「あれっ?スリーは?」

セブンが僕の後ろを探している声に驚いて振り返った。

 

いない。

 

003の姿はそこにはなかった。

「アニキ、スリーはどうしたんだい?」
「どうした、って・・・」

そんなことは僕のほうが知りたかった。
まさか、追っ手に捕まったのか?

背中に冷や汗が流れ、僕はそのまま来た道を戻った。最大速度にスピードを上げて。

 

***

 

003は無事だった。

いや、身柄は無事だったけれど身体は無事なんかじゃなかった。

脚を引き摺って。
唇を噛んで。
油汗を流して。
ゆらゆら、歩いて。

――足が。

さっき転んだ時に捻ったか何かしたのだろう。

――何が「私は大丈夫」だ。

ふざけるな。

僕は胸の奥が熱くなって、彼女の姿を認めてすぐに腕に抱き上げた。
身体が熱を帯びている。

――ばかやろう。

なぜ、言わなかった?

 

そのまま003は僕の腕の中で気を失った。

 

 

***

 

 

気付かなかった僕が悪いのか。

言わなかった彼女が悪いのか。

セブンは「全部アニキが悪いよ」と僕を責めた。もっとスリーをちゃんと見ろ、と言って泣いた。

――泣きたいのはこっちだ。

彼女は女の子であるけれど、003でもあるんだ。
僕が守っても手を振り払う。003の時はいつもそうだ。

だけど。

だからって、手を差し伸べない理由にはならない。
どうせ振り払われるからといってそれをしなかった僕はばかだ。

――フランソワーズ。

 

 

***

 

 

「あら、大丈夫よ?」

ベッドの上でフランソワーズは明るく笑った。

「笑ってる場合じゃないだろ。どうして寝てないんだ」
「だって、いい加減飽きちゃったわ」
「まだ痛むくせに、うろうろするな」
「いいじゃない。もう、どうしてお説教ばっかりするの?」

頬を膨らませて僕を睨む。

「ずうっとこっちに来なかったくせに」
「来てたさ。きみが知らなかっただけで」
「えっ!?」

僕が来たら機嫌が悪くなったから、しばらく部屋には入らなかった。
だから、彼女にしてみればずいぶん僕は薄情者に映ったことだろう。
でも、ギルモア邸には毎日来ていたんだ。

「――だって。いつも目のスイッチを入れてるわけじゃないもの」

頬を膨らませたままちょっと俯いて。

「・・・ズルイわ。顔を見せてくれなかったなんて」

さっきまでの元気はどうしたんだろう?
僕はベッドの端に腰掛けてフランソワーズの顔を覗きこんだ。

「フランソワーズ?」
「・・・だって。会いたかったのに」
「――うん。・・・ごめん」

 

 

***

 

 

ごめんね、フランソワーズ。

 

もっと大事にするよ。きみのこと。

きみは、003ではあるけれど僕にとっては大事な大事な女の子なのだから。

 

 

 

 

 

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