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フランソワーズと男がみなとみらいホールの方へ向かうのを確認して、僕は大きく息をついた。
何故なら、そこで待ち合わせしていたかのように数人の男女が合流したからである。
女性陣は全員、顔を見た事があった。つまり、フランソワーズのバレエ教室の友人たちである。

僕はいったい何をやってるんだ。

彼女は単に、友人たちとバレエを観に来ただけじゃないか。
なのに、ひとりで焦って後をつけて――最悪だ。
フランソワーズがひとりで外出するのをこんなに気にするなんて、僕はどうかしてる。

ホールのそばにカフェがあったので、ふらふらとそこに向かう。
何か飲んで落ち着けば、いつもの冷静な自分に戻れるだろう。
男と出掛けるフランソワーズを見たからといって、落ち着かず後をつけるなどという愚行を犯した自分が情けなかった。
コーヒーを頼もうとして――やめる。
こんな所のコーヒーなんか飲む気になれない。僕はフランソワーズの淹れたコーヒー以外は受け付けない。
いつも頬を少し染めて、首を可愛くちょこっと傾げて「おかわりは?」と聞くフランソワーズを思い出す。
あの声とあの顔を見たくて――夜遅くなってから寄るのに不自然ではない理由として、デートの帰りと言い続けてきた。そう言えば少しは妬いてくれるだろうかという思惑もあった。
用がなくても会いに行けるから、我ながらうまいことを考えたと思っていた。
けれどフランソワーズは――夜中に僕がギルモア邸に行っても迷惑そうではなかったけれど、かといって嬉しそうかというとそうでもなかったし、ましてやヤキモチなど妬いている様子も全くなかった。
――フランソワーズは僕が誰とデートしようがどうでもいいのだ。

なんとかマキアートというのを頼んだ後で、ああこれもコーヒーだったと思い出す。が、もう遅い。
運ばれてきたそれにはクッキーも添えられていたけれど、どちらも口にする気になれずそのままにしておいた。

僕はフランソワーズが合コンに行くといっても止めなかった。
それはどこか――心の片隅で安心していたのだろう。彼女が誰か他の男を好きになるはずがないと。
彼女が好きなのは、この僕なのだから。
だけど不安で、結局後をつけた。彼女が誰かに心を移すのではないかという心配ではなく、フランソワーズが何か面倒事に巻き込まれた時、僕がそばにいなくては助けられないからだ。いらいらとただ帰りを待つなんてできなかった。
フランソワーズがどこかへ行く時は、僕の知っている相手と僕の知っている場所でなければ落ち着かない。
こんなの、我ながらどうかしてると思う。しかし、こんな気持ちをどう扱えばいいのかわからない。
きっと僕は、フランソワーズが相手なら簡単にストーカーになってしまえるのだろう。
いまここにこうしているのだってそういうことだ。傍から見れば。

009ともあろう者が情けない。

そう思ってみても、席を立って帰る気には全くならなかった。
いま僕は何をしているのかというと――ホールで行われているバレエが終わるのを待っているのだ。
フランソワーズがちゃんと帰るのを見届けなければならない。
友人たちとそのまま別れるとは思えないけれど、見知った顔と一緒にいるというのを確認できればそれで良かった。たとえ男が混じっていても。

――僕は保護者か。
まるでフランソワーズが「はじめてのおつかい」でもしているかのように後をつけて見守っているなどと。

フランソワーズは子供ではないのに。
ましてや保護が必要な対象でもない。
ちゃんと一人で立っていられる女性だ。

僕の庇護が要るわけがない。

いつかきっと、要らないと手を振り払われるだろう。
僕の思いが重くなって。
僕の束縛から逃れたくなって。

そうはさせない。

フランソワーズは僕を好いている。
僕も彼女が好きだ。

簡単なことじゃないか。