「いつも言ってるのよ、彼。フランソワーズの料理は最高なんだから、って」

いつも言ってる。
その言葉が全然嬉しくないのは何故なんだろう。

何故――胸がつぶれそうになるんだろう。

「だから、それを再現して欲しいみたいで、いつも食材を張さんの店にもっていくのよ」
「えっ?」
「昨日食べたのはこういうもので、だから作ってくれーって。でもそんな情報だけじゃわからないでしょう?
張さんも困ってしまって、で、私の出番となったわけ」
「出番、って」
「彼が何を作って欲しいのか、食材を見て予想して買出しをするの」
「・・・あなたは」
「私は、張さんの店で一緒に厨房を預かっている管理栄養士よ」

管理栄養士・・・さん?

私が呆然としていると、遠くからナインの呼ぶ声が聞こえた。

「フランソワーズ!醤油ってこれでいいかい?」

彼が右手に持っているのは、確かにお醤油だったけれど銘柄が違っていた。

「ダメよ、ジョー!銘柄が違うわ!」

私が言うより先に、彼女が大きな声で応えていた。まるっきり同じセリフを。

「えー、どれも同じだろう?」

広いスーパーの中で、かなり離れているのに近付きもせず、大きな声で遣り取りしている。
まるで、そうするのが慣れているみたいに。

「違うわよ。味が違うの」

そう言うと、「まったくもう・・・」と大きくため息をついて
「ちょっと見てくるわね」
言い残してナインの方へ消えてしまった。

 

***

 

なんだか、頭の中がぐるぐるして考えがまとまらない。

彼女はシックスの店の栄養士さんで、で、店に来るナインと親しくて、で、ナインが言う料理を作るための食材を調達するために
ナインと一緒に何度もスーパーに来ていて――
そして、ナインがそういう無理難題を言うのは、私が作って彼に食べさせたものと同じものが食べたいからだという。

・・・本当に、そう?

だって、もしナインが本当にそう思っているのだったら、ひとこと私に「また作って」と言えばすむこと。
でも、彼は今まで一度もそう言ったことはない。
ということは、いま彼女が言ったのはナインの嘘で、彼がそんなややこしい手間をかけるくらい彼女と一緒にいる口実が欲しかった――とは、考えられない?

彼女と一緒にいたいから、無理言って彼女を連れ出す口実を――