「あれ?フランソワーズひとり?」

私がお会計を済ませると、カゴを持ったナインがキョロキョロした。
私の後ろに、彼女の姿を探すように。

「ん・・・彼女、何か用事があるみたいで」

彼がいる――とは、ナインに言わない方がいいだろう。――たぶん。

「ああ、そっか。今日は彼が来るって言ってたっけ。しまったなぁ」

私の配慮は無用だったようだ。

「彼がいるの、知ってたの?」

買ったものをエコバッグに詰めながら問う。
これなら、手元だけ見ていても不自然ではない。

「知ってるも何も、彼って張々湖のとこのスタッフだよ」
「――そうなんだ」
「そう――え、まさかフランソワーズ、誤解してた?」
「誤解って何を?」
「僕の恋人かと思った?」
「・・・思わないわよ、そんなこと」

少し乱暴に言うと、エコバッグを持ち上げる。
カゴ2つぶんの食材はかなり重かった。

「だってジョーにはそういうひと、たくさんいるんでしょう?」
「たくさん、って、ひどいなあ。たくさんはいないよ。――ひとりだよ」

――ひとり。

「・・・そう」
「ウン」

ひょい、と私の持っていたエコバッグをさらってゆく。軽々と。
そして、右手を私に向かって差し出した。

「ん」
「えっ、なに?」
「手」
「て?」

ぽかんとしている私に、ナインは一瞬顔をしかめると、強引に私の左手を取った。

「――よし」

そうして満足そうに、私の手を握り締め歩き出した。

でも――

「だめよ、ジョー。離して」
「なぜ」
「だって・・・誤解されるわ。もしあなたの恋人に見られたら」
「なーに言ってるんだい」

くすくす笑って取り合ってくれない。

「だって・・・」
「へーきへーき。誤解なんてされないよ」

・・・自信があるんだ。
これくらいで、誤解されるようなそんな仲じゃないんだ。

「楽しみだなぁ。今晩は、フランソワーズのハヤシライスっ」

ナインと手を繋いで歩いているのに、なぜか全然楽しくなかった。
むしろ、胸が詰まって息が詰まって――苦しかった。

いつもはそんな事思わないのに、今は――手を繋いで歩きたくなかった。

「・・・手を離して」
「どうして」
「だって・・・」
「ん?」

ナインが私の顔を見て、そうして――

「フランソワーズ?いったい・・・どこか痛いのか?それとも」
「何でもないわ。ちょっと気分が悪いだけ」
「気分が悪い、って・・・ちょっとどこか休む所・・・」
「いいの。大丈夫」
「大丈夫じゃないだろう?我慢するな」
「ほんとに、大丈夫だから」

だから、お願い――手を離して。

「何か飲み物を買ってくるから。ここに居て」

強引に近くのベンチに座らされてしまう。

「いいかい?そこを動くなよ」

怖い顔でそう言うと、近くにあるコンビニへ走って行ってしまった。